ボルシチの起源と調理法 第V章 ボルシチの基本食材 ビート

◇ 第V章 ボルシチの基本食材 ビート 〔HTML文書2025.6.1改訂版〕

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   第V章 ボルシチの基本食材 ビート

 

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  ビートの系統図
  ビート栽培の始まり
  
  参考文献

 

 ボルシチの調理法を巡って、А. Торин は料理エッセーの中で、次のように述べている:「ボルシチの作りかたを話すのは、命に関わる危険なことである。ロシアやウクライナでは、ボルシチをさまざまな方法で煮込んでいるし、調理のレシピは山ほどあって、作る人はみんな、自分のレシピこそが最もおいしく、最も正しいと信じている。だから私はまず、ただボルシチにまつわる話をしたいと思う」[1] 79頁、下線部:引用者)。それゆえ前掲の А. Торин に倣って、筆者も自分の命に関わる危険を避けるために、ここではまず、ボルシチの基本食材であるビートについて話を進めてみよう。
 ビートはボルシチに欠かせない食材であり、ビートの入っていないものをボルシチと呼ぶことはできない。ここで言う「ボルシチ」英語訳 beetroot soup とは、第U章でも触れたビートなしの変わりだねではなく、ウクライナ発祥の料理として世界的に有名な「赤いボルシチ красный борщ」、または「正統的なボルシチ классический борщ」のことである。残念ながら、わが国では「ビートは入手困難」「日本人の味覚に合わない」「露国人直伝」などという口実のもと、ビートの含有量ゼロの代物を、「ボルシチ」と偽って提供するロシア料理店(1)、または缶詰のかたちで販売する会社(2)があるらしい。某チェーン店の「東京ボルシチ」に至っては、ビートもキャベツも入っていない(キャベツを入れないのは「ベラルーシ風ボルシチ」の特徴のひとつ)。その作りかたは、「ロシアでは牛肉とビーツを使うボルシチを、トマトベースにアレンジ」したものである[2] 36頁)。ロシアの料理研究家 В.В. Похлёбкин によれば、ボルシチの第一条件は「ビートが不可欠な成分となり、ビートの味と色がスープの決め手となっていること」[3] 65頁)。当たり前と思われるかもしれないが、この最低条件が守られない限り、日本でロシアの伝統的な家庭料理が普及し、レストラン業界でもロシア料理が少数派の地位から脱却するのは、遙か遠い未来のことになってしまうであろう。
 前述のように、ビートがあってこそのボルシチであり、ビートを使わない場合は料理名も変わってしまう。たとえば「シチー」はロシアに古くから伝わるキャベツの汁物で、食材も作りかたもボルシチと共通する部分がある(3)。このシチーを作る食文化圏の中にビートが伝来して、「ハナウドのシチー」が「ハナウドやビートを煮込んだシチー」になり、その後ビートに特化した「ボルシチ」になった、という語源説は第U章ですでに紹介した。つまりビートが入っていない汁物は単に「シチー」と呼ぶべきで、それを「ボルシチ」と強弁するのは、味噌が入っていないものを味噌汁と呼ぶ(4)のと同じくらいに、言葉の由来をないがしろにする無神経な行為である。
 さて植物学の分類では、ビートは「アカザ科フダンソウ属2年生草本」[4] 173頁)であり(新しい分類によれば、アカザ科は「ヒユ科」に含まれて「ヒユ科アカザ亜科」と表記される)、《学名 Beta vulgaris 直訳「ふつうのビート」свёкла обыкновенная》という共通の母種から、根菜類の「料理用ビート」 столовая свёкла、「飼料用ビート」кормовая свёкла、「サトウダイコン」сахарная свёкла の3つに分かれ、それらとは別の変種として葉菜類の「フダンソウ листовая свёкла / мангольд」も存在する[5] 475頁)。ある系統図によれば、@ベータ・ヴルガリス 母種」 ⇒ A「プロヴルガリス亜種」、ここからBC二手ふたてに分かれる:B「シクラ亜種」⇒「フダンソウ」、C「ヴルガリス亜種」⇒ 料理用ビート飼料用ビートサトウダイコン下線部の名称は書き換えた][6] 257頁=図1二手ふたてのうちBの「シクラ亜種」⇒「現代のフダンソウ〔中略〕に似たもの」、すなわち葉菜類としてのビート=「フダンソウ」は、古代ギリシア・ローマ時代に「貴重な食物であったらしい」[6] 258頁)。これらはすべて同一種である[4] 173頁・178頁)

ビートの系統図

 

図1

ビートの系統図

(参考文献 [6] 257頁 図2をもとにWordで作成、名称の一部書き換え)

 栽培用ビートの起源を巡っては、諸説入り乱れてかなり複雑化しているが、現在もヨーロッパ各地の沿岸部で見られる自生種《学名 Beta maritima 直訳「海辺のビート」和名「ハマフダンソウ(浜不断草)」свёкла приморская》を祖先と見なすことに異論はない[7] 380頁)。「今日見られるビートは、地中海沿岸のヨーロッパや北アフリカの海岸および大西洋沿岸で見つかった、野生のハマフダンソウを祖先とする」[8] 147頁)。このことからビートは海辺を原産地とする耐塩性の強い作物と見なされ、発育期にごく少量の食塩を施すとビートの根がより甘くなる、または収穫量が増すと言われている(5)

ただし前掲の系統図によれば、B「マリティマ亜種 ハマフダンソウ」と C 現在の栽培用ビートはそれぞれ、A「プロヴルガリス亜種」を起源とする。つまり、B ハマフダンソウから直接、C 現在の栽培用ビートが分かれたのではない、言い換えるとハマフダンソウは今日こんにち栽培されているビートの直系の祖先ではない、と見なす[6] 257頁)

 

 ビートの栽培はフダンソウから始まったとされ、古代文明の地バビロニアでもフダンソウはよく知られた野菜であり、紀元前8世紀には同上地で最初の記録が残っている[7] 380頁)。ただし後述のように、最初(最古)の記録を巡ってはいくつかの異なる見解がある(拙論49頁 註(1)参照)。三上哲夫によれば、「信頼のおける文献に最初に登場するビートは、ギリシア・ローマ時代に地中海沿岸で栽培されていたリーフビート[=フダンソウ]である。葉は食用に、根は主として薬用に供されたというが、根といってももちろん肥大根の形成はみられない。肥大根を形成するビートがヨーロッパの文献にあらわれるのは12世紀のことである」[9] 29頁)
 ビートの先祖は柔らかく水気の多い葉と、樹木のように枝分かれした細い根を持ち、葉は食用、根は医療用となった(6)[10] 34頁)。古代ギリシアの医聖ヒポクラテスの著作には、ビートが薬用植物として登場する(拙論39頁参照)。当時のギリシア人はビートを不思議な力を持つ野菜と考えて、デルフォイのアポロン神殿にビートをかたどった銀製の供え物として捧げた(プリニウスによる、詳しくは拙論38−39頁参照)
 別の文献によれば、紀元前二千〜千年紀にはフダンソウの栽培がおそらく地中海の島々で始まり、また紀元後1世紀までには、上記の母種(ベータ・ヴルガリス)から根菜類のビートが育成され[5] 475−476頁)、それがギリシア・ローマより西ヨーロッパに広まり、またバルカン半島を経てU[80] 327頁)、東方のキエフ・ルーシには10〜11世紀に到来した。この変種は16〜17世紀になって現在も栽培される料理用ビート(=16世紀の『家庭訓』に出てくるビート)と飼料用ビートに分化し、さらに18世紀には飼料用ビートの雑種からサトウダイコン(別名テンサイ)が選び抜かれた[5] 476頁)。その後ヨーロッパ各地で砂糖工場が建設され、甜菜糖てんさいとうの生産が始まったのは19世紀初めのことである。
 ボルシチに欠かせない料理用ビートは、根の部分および早い時期の葉と葉柄を食用とする。その根は約9%[11] 41頁)、または5〜6%のショ糖を含み、他の根菜類の糖分2〜3%に比べて、かなり甘味の強い食材である[4] 174頁)。甘味の素となる主な糖分はショ糖であるが、品種によってはオリゴ糖の一種、ラフィノースも検出されるという[12] 49−54頁)
 料理用ビートの重要な特性は、その根が長期保存できることU[61] 328頁)。むろん適切な貯蔵方法を守るという条件付きで。かりにある地域でビートが生野菜として通年出回っているとすれば、それはまさにこの特性に負うところが大きいと言えるであろう。

生野菜のベビーリーフには、ビートの葉も含まれることが多いが、この場合は料理用ビート(品種の例:「デトロイト」)またはフダンソウ(同上:「スイスチャード」)の10p以下の若葉が用いられる。
甘味との関連で言えば、ハナウドは優れた蜜源植物であり、地上の甘い部分に誘われた子供が接触して皮膚の炎症を起こす危険性が高いとされるU[75] 84頁)
料理用ビートの主な糖分はショ糖とされる。したがって「ビーツは砂糖の原料となるテンサイの仲間なので糖分(オリゴ糖)が多く、やや土臭さのある甘みが特徴です」[13] 5頁)という記述は部分的に正しい。

 

 薬草としての料理用ビートには、たとえば心臓血管系に対する作用(血管壁の強化、血圧の正常化、コレステロール値の低下)や、脂肪の燃焼・肝臓と腸の働きを良くする作用、等々が期待できる。また予防医学の観点から、料理用ビートの生ジュースは高齢者に推奨されており、風邪の諸症状を緩和する効果もあるという。民間療法者のあいだでは、同上のジュースには抗がん作用があると考えられているU[80] 327頁)。「強壮剤」として「生の赤ビートのしぼり汁を、毎日コップ1杯」飲めばよいとされる[14] A頁)。このような効能を集めて紹介するロシアの各種サイトや薬膳書も数多く見られる(後者の例:『薬の代わりになるビート』[15]。近年、日本でも料理用ビートはスーパーフードまたはアスリートフードとして注目され、輸入品はもとより、国産の真空パック・乾燥粉末(パウダー)・錠剤・ドリンク剤などが市場に出回るようになった(ネット通販では「奇跡の野菜」「食べる輸血」「飲む輸血」「アンチエイジング効果」等々の宣伝文句が用いられる)。さらにテレビ番組でも話題になることがある。

テレビ番組の例:テレビ東京『主治医が見つかる診療所』では、血管を柔らかくする食材として群馬県産のビートが紹介された〔2017年11月9日放送〕。出演者の秋津壽男医師の話によれば、ビートに多く含まれる硝酸塩(NO3)が胃の中で一酸化窒素(NO)に変わり、それを体が吸収して血管が柔らかくなるという。
ビートは尿路結石の原因となるシュウ酸を多く含むため、日常的に過剰摂取しないこと。またカリウムも多く含むので、腎機能低下でカリウム制限が必要な人は注意されたい。いかなる食材にも万人向きの完全無欠なものは存在しない。
シュウ酸とともにカルシウムを同時に摂取すれば、尿路結石を防ぐ効果があるとされる。したがってボルシチに乳製品のサワークリームを混ぜて食べるのは、とても理にかなっている。

 

 ビートの根の果肉は白・黄・赤とその中間色(橙・桃・紫・緋色など)の各系統に分かれ、それらの中でもサトウダイコンは白色、料理用ビートは赤色が多い[16] カラー別刷XI・287頁)。В.Ф. Пивоваров によれば、かつて自生種のビートは黄色が主流を占め、そこから派生した料理用ビートのうち、赤色系統のものが12〜13世紀にヨーロッパで育成され始めた(7)[17] 137頁)。「欧米ではこの色[=赤色]が好まれましたが、日本では喜ばれず」、ビートは「江戸時代初期(8)に渡来しましたが、普及しませんでした」[18] 236頁)。「しかし色が濃厚であることや幾分土臭さがあることなどからあまり普及しなかった」U[81] 355頁)。わが国では紅白の幕が式典会場に張られたり、紅白の食品が引き出物に使われたりして、赤と白の組み合わせをでる風習があるにもかかわらず、やや黒みを帯びた赤、または褐色がかった赤(ビートレッド)は、不浄な血液の色を連想させるものとして、日本人には歓迎されなかったのだろうか。とりわけビートの場合、下ごしらえの段階で手・調理器具・流し場などが赤く染まり、皮ごとゆでただけでも煮汁が濃い血液のようになり、混ぜ合わせた他の食材をも自分の色に同化してしまう(例:ビート入りサラダ「ヴィネグレート」винегрет)。玉村豊男は、「指が赤くなるとしばらく消えない〔中略〕。まるで出血したような色」と表現する[19] 216−217頁)。その意味では、ビートは自己主張が強過ぎて、紅白のような対照的な色合いを創り出すことに適さないために、応用範囲の限られた個性的な食材であると言わざるを得ない。

稲垣栄洋によれば、「人間は赤い色を見ると、副交感神経が刺激されて、食欲が湧いてくる〔中略〕。赤色は、甘く熟した果実の色である」。しかし「赤く色づくとは言っても、植物が持つ色素には、真っ赤な色素が少ない。〔中略〕果実は紫色や橙色の色素を使って、少しでも赤色に近づけようとしている」。その少ない色素のうち、「トマトはリコピンという真っ赤な色素を持っている」[20] 112−114頁)
これに対してボルシチの基本食材である赤ビートは、ベタシアニンという赤紫の、熱に弱く退色しやすい色素を持っているため、ビートを用いた煮込み料理は動脈血のような鮮やかな赤色ではなく、静脈血のような暗赤色になりやすい。この退色を防ぐ目的で、古来いくつかの工夫がなされてきた。詳しくは拙論95−96頁「(5) ビートの色を出すための工夫」を参照されたい。

 

 さらにビートがわが国であまり普及しなかった別の理由としては、ビート特有の色や風味(土臭さ)に加えて、その甘味自体が日本人好みではなかったから、と筆者は考えている。これはちょうどキノコの高級食材「ポルチーニ」(和名「ヤマドリタケ」)の甘い香りが日本人に嫌われる(9)のと相通じるもので、ボルシチに代表されるビートの甘味を生理的に受け入れない同国人は、地域の差こそあれ、相当な数にのぼるであろう。たとえば大手の食品会社から、カレールウと同じような包装でビート入りの「ボルシチの素」(10)が売り出されたことがある。ひとつはビートの特製ソースを売り物にし、もうひとつはトマトの旨味を強調したものだが、あまり需要が伸びなかったのか、最近では殆ど見かけなくなった(前者は製造中止)。たしかに異国料理の好きな人はお金を払ってでもボルシチを食べようとするが、一般の人は試食用に提供された場合でも、口を付けただけで残してしまうことがときどき起こる。

これはロシア語授業にロシア料理を採り入れる試みをしていた筆者の経験に基づくものであり、学生たちの嗜好の変化や、ボルシチのでき具合などが大きく影響することは否めない。ちなみに筆者がよく作るのは、ポルチーニとプルーンを隠し味とする牛肉入りのボルシチで、ビートとディルは筆者の旧宅での自家栽培写真1−3、基本食材の比率は後述の И. Лазерсон による(拙論124−125頁参照)

 

写真1写真2写真3 省略 ⇒ PDF文書 参照

 

 在日ロシア人 Д. Шамов は著作の中で、「日本ではビートを見つけるのに苦労する、農家や専門店で売り出されても数に限りがある。それゆえボルシチを作るのはかなり難しい」[21] 260頁)と述べている。しかしながらこれは一面の真理に過ぎず、個人の努力と工夫次第では、ボルシチを随時作ることは決して困難ではない。たとえばビートをまとめて購入し、ゆでる・蒸すなど加熱調理したあと、粗くおろして冷凍保存する方法もある。かつてビートは日本で希少価値が高く、手に入らないときはアメリカのS&W社製の缶詰で代用する場合もあった。しかしいまでは国産の生ビートを店頭販売しているスーパーや、季節限定でWeb注文を受け付ける栽培農家も数多く現れた。また自家栽培用の種(国産品)も、ホームセンター、百円ショップ、ネット通販などで気軽に購入できるようになった(11)。さらに専門雑誌でビートの特集記事(栽培の体験談・雪室の活用で貯蔵期間を長くする取り組み・土壌改良によってビートの土臭さをなくす工夫・調理方法など)が組まれることもある[22]。その意味では、ビートはもはや入手困難な〈幻の食材〉ではなく、必要なときに自由に買い求められる、ウクライナ起源の料理の代表的な食材であると言うことができよう。

ビート栽培で地域おこしの例:兵庫県姫路市では、日露戦争のロシア兵捕虜が「ロシヤのかぶら」「故郷くにの蕪」を市内の河原で育てたという言い伝えがある[23] 著者の祖母の口伝、第二十四話、178頁)。この「かぶら」を「かぶら」と解釈し、さらに「ビート」と同定して、それを姫路の特産品にしようと民間のプロジェクトが立ち上げられた。2017年以降、ビートの栽培・販売・料理教室・商品開発などの活動が行なわれている。「かぶら」をビートと同定したのは、「あっちの蕪は赤うて雑炊か汁かにすると甘いのやそうな」という日本人番兵の話[23] 178頁)に基づくものであろう。二年生植物(越冬して翌春に開花・結実・枯死)のビートについては、「ロシヤ人がんだ次の春、もう草まみれになった河原に、うす紫の菜の花がひとかたまり咲いた」「捕虜の蒔いた、かぶらの花は三・四年ちょろちょろ咲いたが、もう消えてしもうて咲かん」(同 180−181頁)と伝えられる。
「姫路ビーツプロジェクト」https://himeji100.com/beets/(参照:2025.6.1)

ビートの商品開発の例:香川県立多度津高等学校では、海洋生産科(食品科学コース)の生徒たちが、2021年以降、地元産のビートを用いて、この食材の入ったパン・アイスクリーム・ボルシチ缶詰・冷凍食品素材などの開発に取り組んでいる。
「香川県立多度津高等学校」公式サイト⇒「海洋生産科」⇒「食品科学コースの話題」
https://www.kagawa-edu.jp/takouh01/takou2019/index.php/(参照:2025.6.1)

最近では「ボルシチの素」に限らず、すでに調理されたボルシチ(濃縮/非濃縮スープ)を売り出す試みも始まっている。古くは日本の老舗のロシア料理店が独自ブランドとして製造販売し、現在ではウクライナ、リトアニアなどからの輸入品や、日本の食品会社のボルシチも流通している(冷凍品・瓶詰・缶詰・缶飲料・レトルトパウチ食品など)

 

 

     〔第V章 註〕 参考文献 戻る

(1) 「ただ日本ではときどき、ビート(てんさママい)が入っていないのにお目にかかる。あれはいけません、ボルシチではない。ボルシチの作り方は千差万別だが、ビートが入らなければボルシチとはいえない。あの甘さと赤い色こそがボルシチの命なのだから」[24] 28頁)
(2)

「ロシアの代表的家庭料理」、「日本初の味覚として世に出た伝統のボルシチ」云々の謳い文句(日本語と英語)が印刷された、某社製造の缶詰の原材料名には、9種類の野菜が表示されているが、その中にビートは入っておらず、実質的にはトマト風味のビーフシチュー以外の何物でもなく、宣伝と中身がかけ離れている。
青木ゆり子によれば、「ウクライナ生まれの盲目の詩人ワシリー・エロシェンコの提案による〔中略〕ボルシチは、キャベツや肉(牛肉)、じゃがいもなどの具はロシアと一緒でも、日本人にあまりなじみのなかったビーツが入らず、トマトのみで赤い色を出していました。〔中略〕以後、日本人の好みが定められて、トマトがベースになった、ビーツがまったく入らないか、少量のみというボルシチが国内市場の主流を占めています」T[9] 111−112頁)

(3)

かつてロシアの農民は「手近ママにあるものを何でも煮込んでしまうので、『ボルシチ』か『シチー』か見分けるのがむずかしいこともあったが、キャベツの多いスープが『シチー』、赤味がかっているのが『ボルシチ』である」[25] 66頁)。「ボルシチはその中にビートを入れることによって、シチーとは異なるものとなる。それ以外はシチーと同じである」[26] 56頁)。これらの記述は、ボルシチとシチーが極めて近い関係にあることを示しているが、ボルシチの中にビートを入れなければシチーが作れるという意味ではない。たとえばボルシチの多くのレシピにおいてトマトは必須食材となっているが、シチーの場合はそうではなく、ロシアの伝統的なレシピではトマトを入れないものが圧倒的に多い。ちなみに В.В. Похлёбкин の前掲書[3] 19−21頁)にあるシチーのレシピ11品のうち、トマトを入れるのは僅か1品に過ぎない(щи ленивые「即席シチー」、直訳「怠惰なシチー」、形容詞 ленивый「怠惰な」⇒「手早く料理された、即席の」)
別の言いかたをすれば、トマトの旨味成分に頼らず、ロシア古来の伝統料理シチーを作るのは、決して容易なことではない。『亡命ロシア料理』の著者は、「シチー、つまりロシア風キャベツ汁」は「われわれの文化と歴史を一身に背負うものである」[27] 19頁)、直訳:「シチーの中にはわれわれの文化と歴史が凝縮されている(сосредоточены)[28] 45頁)と述べて、シチーに最大限の敬意を表しつつ、その調理法と食べかたについて熱っぽく語りかける(トマトは食材に含まれない)。まさに щаной дух(シチーの香り)こそ、ロシアの風土が生み出した民族固有の香りである。
もし日本のロシア料理店でシチーが提供されているならば、真っ先にシチーを注文することをお勧めしたい。なぜならロシアの郷土料理シチーを味わってみれば、「ロシア料理」を看板に掲げるお店の実力がすぐに分かるからである。

(4)

この喩えは、「ボルシチは、日本でいえばみそ汁だと思えばいいんですよ」というロシア料理店「バラライカ」調理長、田中 清の発言を参考にしている。「みそ汁の味やつくり方は、地方ごとに、あるいは家庭によって違うでしょう。どれが本物か、議論したって始まらない。みそが入っていれば、みそ汁の形はとれる。ボルシチも同じですよ」[29] 94頁)
〔参考〕
小説の中の会話:「彼女は一転、満足げに何度もうなずいてみせる。『ボルシチってさ、言ってみれば家庭料理みたいなとこあるじゃない。日本でいう味噌汁っていうか、具だくさんスープっていうか。そういうのを本格的な料理に仕上げるって、けっこう難しいと思うのよ。具が煮崩れてもいけないし、味がぼやけてもいけない』」[30] 69頁)

(5) 筆者の知り合いのロシア人(サンクトペテルブルグ在住、家庭菜園所有)の体験談に基づく。ビートの「耐塩性」солевыносливость に関する情報は、ロシア・日本の各種サイトでも数多く公表されている。後掲の専門書の記述:「アカザ科植物、なかでもビートの耐塩性は、他の根菜類と比べて著しく強い」W[9] 113頁)。「耐塩性のレベルは、植物の生命力と〔中略〕不良環境耐性、および生産力(収穫力)と深く関わっている。私たちの研究で選ばれた耐塩性の強い料理用・飼料用ビートは、生産力も高かった」(同 116頁)
(6)

ビートの先祖の「葉は食用、根は医療用となった」[10] 34頁)という説は、「最初に栽培されたビートは、それらの葉〔中略〕を収穫するためだけに栽培されるようになり、紀元初期まではその根の価値は認められなかった」[31] 168頁「ビート」)、「古代のビートはすべて葉部を利用するものであり、根部を利用するテーブルビートが登場したのは一二世紀ごろと考えられる」[6] 258頁)という説と真っ向から対立する。
なお、別の文献によれば、「他の民族がまだ葉だけを利用していたころ、ローマ人はすでに根の赤色のものも白いものも利用していた」[32] 42頁)。この説は、始めに引用した文献[10]を支持するものだが、根の色(赤・白)については、おそらく誤りであろう(次の註(7)参照)

(7) 根菜類としての「料理用ビートのうち、中国の古来種は白みを帯び〔中略〕、イランとイラクのそれは黄色く、トルコとアフガニスタンのそれが橙色であるのは、おそらく偶然ではなかろう。現在の赤みを帯びた料理用ビートの品種は、その根が持つ癖のある味を和らげるために、専ら煮て食べるようになった後の時代に開発されたものと考えられる」W[9] 7頁)
(8) ビートが日本に初めて渡来した時期については、「江戸時代初期」[18] 236頁・U[81] 354頁)のほか、より具体的に「18世紀」[4] 173頁)とする説もある。その根拠は、貝原益軒『大和本草やまとほんぞう(1709年)に初めてビートがダイコンの一品種「暹邏シャムロ大根」として紹介されたからというU[81] 355頁、[33] 91頁)
(9) 「ポルチーニ及びセップ ヨーロッパを代表する優れた食茸。〔中略〕甘い香りと強い旨味、弾力のある食感で、幅広い調理法に適応できますが、日本では、この甘い香りを嫌い、最近までほとんど食用にされてきませんでした」[34] 68頁)
(10)

@ ハウス食品梶uびすとろ厨房 ボルシチ 特製ビーツソースつき☞ 製造中止
A エスビー食品梶u世界の食卓から ボルシチ ロシアで育まれた家庭の味☞ 購入可能
B 上記以外の例:鰍ノんべん「だしとスパイスの魔法 ボルシチ」☞ 購入可能

(11)

ビートの店頭販売の例:紀ノ国屋インターナショナル(東京都港区北青山)
ビートの通信販売の例:「ビーツの部屋」https://www.redbeet.jp/(参照:2025.6.1)
ビートの種(栽培用、国産品)の通信販売の例:「タキイネット通販」https://shop.takii.co.jp/ 商品名「食用ビーツ・デトロイト・ダークレッド」(参照:同上)

 

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[1] Торин А. Новеллы о кулинарии, или Кулинарная книга памяти. СПб., 2008.
[2] スープストックトーキョー『Soup Stock Tokyoのスープの作り方』(文藝春秋、2012年)。
[3] Похлёбкин В.В. Национальные кухни наших народов. Основные кулинарные направления, их история и особенност. Рецептура. М., 1983.
[4] 杉田浩一・平 宏和・田島 眞・安井明美編『日本食品大事典 カラー写真CD-ROM付』(医歯薬出版、2010年)。
[5] Сельскохозяйственный энциклопедический словарь / Гл. ред. В.К. Месяц. М., 1989.
[6] 鵜飼保雄・大澤 良編『品種改良の世界史 作物編』(悠書館、2015年)第11章「テンサイ」(島本義也 執筆)。
[7] Жизнь растений. Т. 5. Ч. 1. Цветковые растения / Под ред. А.Л. Тахтаджяна. М., 1980.
[8] バーバラ・サンティッチ、ジェフ・ブライアント編『世界の食用植物文化図鑑 起源・歴史・分布・栽培・料理』山本紀夫監訳(柊風舎、2012年)。
[9] 山口裕文・島本義也編『栽培植物の自然史 ―野生植物と人類の共進化―』(北海道大学図書刊行会、2001年)第3章「テンサイにおける細胞質ゲノムの系譜」(三上哲夫 執筆)。
[10] Донченко Л.В., Надыкта В.Д. История основных пищевых продуктов (введение в специальность). Учебное пособие. М., 2002.
[11] Ковалёв Н.И. Супы. Блюда из круп и зернобобовых. М., 1992.
[12]

久保友彦・早川 諒・森 春英「ガーデンビートはオリゴ糖原料作物になりうるか:てん菜との関係から考える」(『砂糖類・でん粉情報』2022年3月号)。
〔HTML版〕https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_002641.html(参照:2025.6.1)
〔PDF版〕https://www.alic.go.jp/content/001205384.pdf(参照:同上)

[13] 山崎志保『ビーツ!ビーツ!ビーツ! 免疫力を高める北のスーパー健康野菜ビーツの食べ方』(寿郎社、2022年)。
[14] ジャン=マリー・ペルト『おいしい野菜』田村源二訳(晶文社、1996年)。
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[16] Руководство по апробации овощных культур и кормовых корнеплодов / Под ред. Д.Д. Брежнева. М., 1982.
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[20] 稲垣栄洋『世界史を大きく動かした植物』(PHPエディターズ・グループ、2018年)。
[21] Шамов Д. Русский дух в стране самураев. Жизнь в Японии от первого лица. М., 2016.
[22] 『現代農業』2020年2月号(農山漁村文化協会)、品種特集「世界のヤミツキ野菜が激アツ!」 ビートの記事:37頁、40−51頁。
[23] 三木治子『捕虜たちの赤かぶら ―明治期播磨の農婦口伝―』(培養社、1985年)。
[24] 小町文雄『ロシア おいしい味めぐり』(勉誠出版、2004年)。
[25] ヘレン・パパシヴィリ、ジョージ・パパシヴィリ『ロシア料理』(タイム ライフ ブックス、1972年)世界の料理
[26] Бесценная Ф.Д. Жива душа калачка просит. СПб., 1996.
[27] ピョートル・ワイリ、アレクサンドル・ゲニス『新装版 亡命ロシア料理』沼野充義・北川和美・守屋 愛訳(未知谷、2014年)。
[28]

〔前掲書[27]のロシア語原典、上製本・カラー版〕
Вайль П., Генис А. Русская кухня в изгнании. М.: КоЛибри, 2007.

[29] 朝日新聞日曜版編集部『サライ ムック 地球食材の旅 行きの巻』(小学館、1998年)。
[30] 徳永 圭『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』(文藝春秋、2020年)文春文庫
[31] 『ケンブリッジ 世界の食物史大百科事典』第5巻 食物用語辞典(朝倉書店、2005年)。
[32] カラー版 世界食材事典』(柴田書店、1999年)。
[33] 荻野恭子『ビーツ、私のふだん料理』(扶桑社、2020年)。
[34] 山岡昌治『山岡シェフの キノコ料理』(雄鶏社、1996年)。

 

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