ボルシチの起源と調理法 第U章 ボルシチの語源を巡って

◇ 第U章 ボルシチの語源を巡って 〔HTML文書2025.6.1改訂版〕

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   第U章 ボルシチの語源を巡って

 

 

 ボルシチの語源については、いくつかの説がある。それらのうち、筆者が収集した文献に基づいて、次の2つを挙げてみよう。なお、この章では主にロシアを始めとする外国の資料を用いる。日本語文献(翻訳書を除く)については、拙論58−59頁を参照されたい。

 

図1図2 省略 ⇒ PDF文書 参照


 (1) 古代スラヴ語 бърщь(ビート)⇒ борщ(ボルシチ)語源説

 

 ボルシチの基本食材として欠かせない свёкла(ビート)は、ウクライナ語で буряк、ロシア語方言で бурак と呼ばれている。料理名としてのボルシチは、ウクライナでは当初 вариво з зiллям(ロシア語 варево с зельем「薬草入りの汁物」または広い意味で「野菜スープ」)という名称だったが、その後、ビートを意味する古代スラヴ語 бърщь が転じて現代ロシア語 борщ になった、つまり食材名がそのまま料理名になったと考えられる:

食材名 бърщь(ビート)⇒ 料理名 борщ(ボルシチ)

 

古代スラヴ語ビート⇒ボルシチ語源説は、Исай Фельдман の名を冠するウクライナ料理書(共著 [1] 14頁・59頁、2014年=図1、以下Фельдман 他と記す)に基づく。同上の語源説の記述があるのは、筆者の知る限り、年代順に並べると、キーウ(旧 キエフ)で発行されたウクライナ料理書のうち、@ ウクライナ語原典[2] 87頁、初版1957年=図2上A ウクライナ語原典[3] 17頁、初版1967年、英語訳 [4] 13頁、1975年)。前掲書@:ボルシチの「名称は古代スラヴ語 бърщь ビートに由来し、それはすべてのボルシチの必須成分である」[2] 87頁=図2上
この語源説は、B Н.И. Губа[5] 38頁、1970年、[6] 39頁、1976年)C С.А. Шалимов 他(ウクライナ語原典1974年:筆者は未見、ロシア語訳 [7] 22頁、1977年、ドイツ語訳 [8] 12頁、1985年)が踏襲した。さらにD『ソ連の諸民族料理』T[4] 43頁、1983年)E Л.П. Ляховская[9] 41頁、[10] 196頁、[11] 234頁、[12] 72頁、1984〜2000年)F ウクライナ料理書T[12] 17頁、1994年)G В.А. Липинская[13] 359頁、[14] 330頁、1997年・2008年)H 外国人用ロシア語教科書[15] 107頁、1997年)I 編著者不詳のロシア料理書[16] 75頁、2000年)J С.А. Мазуркевич[17]18頁、2004年)K С.В. Спивак[18] 49頁、2005年=図2下L В.Б. Перепаденко[19] 4頁、2009年、第W章 図1参照)等々が受け継いだ。
この語源説を支持するものとして、M 旧ソ連時代に一世を風靡した『おいしくて健康に良い食べ物の本』の改訂版(2003〜2009年、詳しくは拙論119頁参照)、さらには M 旧ソ連5か国の料理書の英語版(1)[20][21] 144頁、2012・2015年)にも、同じような記述が見られる。

ただし上掲Gの例[13][14]の該当箇所には「古代スラヴ語 бърщь」への言及はなく、「その[=ビートの]古い名称はボルシチ」とだけ書かれており、後述の O 歴史教科書[22] 28頁)P Г.В. Судаков[23] 36頁)はその短い表現を模倣している。
上掲Gの原文は ≪Популярным стал борщ из огородной свёклы (её старинное название − борщ)≫「栽培野菜ビートから作ったボルシチも普及した(その[=ビートの]古い名称はボルシチ)」[13] 359頁、[14] 330頁)。ところが同じ文献・同じ執筆者の別の箇所では、борщ の言い換え・説明として борщевик が使われている:борщ (или борщевик)「ボルシチ(すなわちハナウド)」[13] 378頁、[14] 356頁)。つまりこの文献では、ロシア語「ボルシチ」が「ビートの古い名称」または「ハナウド」として、いわば両論併記のかたちで載っている。

古代スラヴ語старославянский языкとは、古代教会スラヴ語とも呼ばれ、10〜11世紀ごろ南方のブルガリア・マケドニア圏において、キリスト教文献の翻訳に用いられた最古のスラヴ文語であり、それをさらに遡って系統図の根幹に当たるものが、スラヴ祖語(共通スラヴ語 праславянский языкである。スラヴ祖語の場合は推定される語形の前に星印*を付けて表記する。
上記の語源説に見られる古代スラヴ語 бърщь の綴りは、スラヴ祖語の推定形 *bъrščь を参考にしたものと考えられる。
旧ソ連時代に出版された『18世紀ロシア語辞典』[24] 第2巻114頁、1985年)、борщ の項目には、@ 食用の甘い茎を持つ草 Heracleum Sphondylium[ハナウドの一種、原文の学名は立体・種小名S大文字表記]A 小ロシア人[ウクライナ人の旧称]のあいだで: квашеная свёкла и кушанье из неё(発酵ビート、およびそれから作った食べ物)、との語義が載っている。その典拠として、ロシア帝国時代の『ロシア・アカデミー辞典』初版(2)[25] 略記 САР1、1789〜1794年)を挙げている。
『ロシア・アカデミー辞典』初版[25] 第1巻289/290頁、1789年)、бóрщъ[原文にアクセント記号あり、新正字法では борщの項目には、学名 Heracleum Sphondylium[ハナウドの一種、原文の学名は立体・種小名S大文字表記]のあとに、@ ハナウドの説明として「野原に生える草、ヒマワリのような花と種を付ける〔後略〕」、A「小ロシア人のあいだで、квашеная свёкла(発酵ビート)、およびそれを用いて牛肉と豚脂を入れて作ったスープ」、「大ロシア人[ロシア人の旧称]のあいだで、ときには牛肉を入れたもの、ときには魚を入れたものは бураки と呼ばれる」との語義が載っている。この2つの語義に関連して、後掲の М. Марусенков の説(拙論13−14頁)を参照されたい。
『ロシア・アカデミー辞典』初版・第2版よりも後代に出された『教会スラヴ語ロシア語辞典』[26] 第1巻77頁、1847年)、бóрщъ [原文にアクセント記号あり、新正字法では борщの項目には、@ Heracleum Sphondylium[ハナウドの一種、原文の学名は斜体・種小名S大文字表記]A「小ロシア人のあいだで: квашеная свёкла(発酵ビート)、および牛肉と豚脂を入れてビートから作ったスープ」、との語義が載っている。
古代スラヴ語 бърщь に「ビート」の意味があったとする上記の語源説は、ひょっとしてこれらの辞典の語義Aの前半「発酵ビート」に基づくものかもしれない。しかし「発酵ビート」は加工食品名であって、ボルシチの食材としての野菜名「ビート」ではないことに留意すべきである。

 

 ロシア語ではビートをギリシア語 σεûκλον 起源(3)の свёкла[スヴョークラ](アクセント注意、× свекла[スヴェクラー]は誤り・非標準)と呼ぶが、同じビートを食材として、ボルシチとは異なる調理法のスープは свекольник(4)と名付けられた。前段のように、ボルシチの語源を古代スラヴ語の食材名ビート(または発酵ビート)そのものとするならば、この свекольник は、まさにビート свёкла から派生したスープの料理名である。

 (2) борщ(ハナウド)⇒ борщевые щи(ハナウドの汁物)⇒ борщ(ボルシチ)語源説

 

図3図4 省略 ⇒ PDF文書 参照

 

 チェコの考古学/民族学者ルボル・ニーデルレ(1865〜1944)が残した研究業績の数々は、これまでいくたびもロシア語に翻訳されてきた(5)。ここでは彼の代表的な論叢 "Slovanské starožitnosti"(『スラヴの古代』チェコ語原典 1902〜1934)のうち、2つのロシア語翻訳書に的を絞ってみよう。@ プラハ1924年版とその復刻版(6)・改版、A モスクワ1956年版とその改版。後述のように、さまざまな出版社から上梓された改版の多くが原著の内容を正しく伝えていないために(誤植・省略など)、いくつかの問題を引き起こすことになる。ここではまず、@ プラハ1924年版[27]より、キエフ・ルーシ時代の野菜に関する記述を紹介したい。この版は旧正字法で書かれており、改版[28] 2013年)では新正字法に書き換えられた。本文中の「bъrščь」の綴りは、改版では「bъrščъ」、つまり語末が Ъ(硬音記号)で終わっているが、誤植と見なして、原著[27] 65頁=図3およびチェコ語原典[29] 189頁=図4の綴り「bъrščь」に基づき、Ь(軟音記号)で表記した。脚註番号は、改版では「82」、原著では「2」。以下、原著のテキストを新正字法に書き換えて引用する:

Одинаково древни общеславянские названия − дыня, тыква, репа и ≪борщ≫ (bъrščь) − бурак2, который передал своё имя русскому горячему блюду.
[下記の野菜の]スラヴ語共通の名称は、同じく古代から伝わるものである。すなわち、ウリ、カボチャ(7)、カブと「ボルシチ」(bъrščь)つまり бурак2 ビート、それはロシアの熱い料理[ボルシチ]に自分の名前を授けた。[27] 65頁)

 この一節は、「ボルシチつまりビートがロシア料理ボルシチの名前となった」、すなわち前項(1)「古代スラヴ語 бърщь(ビート)⇒ борщ(ボルシチ)説」を唱えているように見える。しかし本文の бурак(ロシア語方言「ビート」)に付された脚註「2」には、次のような説明がある:「Heracleum Spoママndylium(ハナウドの一種)、チェコ語の植物名 bolševnikママ(ハナウド)[27] 65頁、下線部:引用者、正しくは pho / ník、この誤植はそのまま改版[28]にも受け継がれた)。したがって著者は明らかに本文の「ボルシチ」を「ハナウド」と解しており、бурак は著者または翻訳者による誤訳と考えられる(正しい訳は борщевик)。ちなみにチェコ語原典の該当箇所[29] 189頁=図4では、短い本文「dále bršt6」に付された脚注「6」の中で、「古代スラヴ語 bъrščь」は、学名 Heracleum Sphondylium(ハナウドの一種)とチェコ語の植物名 bolševník(ハナウド)を意味するとの説明があり(学名とチェコ語の綴りは正しい)、ロシア語 бурак の記載は見当たらない。

 

図5図6 省略 ⇒ PDF文書 参照

 

 それから32年を経て、著者の没後出版となった A モスクワ1956年版[30] 200頁=図5では、誤訳 бурак は消えて、次のように改訂された:

Также древними являются и другие славянские названия овощей − дыня (Cucumis), тыква (Lagenaria), репа и капуста (Brassika) и бршъчь (Heracleum sphondylium), из которого приготавливали суп, известный позднее под названием русского борща3.
[上記の野菜とは]別の野菜のスラヴ語名は、同じく古代から伝わるものである。すなわち、ウリ(Cucumis キュウリ属)、ユウガオ(Lagenaria ユウガオ属)、カブ、キャベツ(Brassika アブラナ属)、бршъчь(Heracleum sphondylium ハナウドの一種)、それを食材として後代に有名となった「ロシア風ボルシチ」というスープが作られた。[30] 200頁、下線部:引用者、正しくは ca。チェコ語原典[29] 189頁では ca と正しく表記)

 同上書には別々の出版社による改版があって、そのうち2000、2010、2015年版[31][32][33]では、本文の脚註がすべて巻末の後註にまとめられ、また原著の巻頭にある解題(П.Н. Третьяков 執筆、全13頁)と著者の序文(全3頁)が省略された。原著にある学名 Brassika の誤植はそのまま残っている。さらに後掲の『ロシア文化の歴史』[34]では、解題・序文・脚註・参考文献・目次・地図・本文中の挿絵と学名表記などがすべて削除された。
 以下述べることは、筆者の単なる推測に過ぎない。ルボル・ニーデルレの著作のうち、プラハ1924年版[27]のボルシチに関する本文が бурак(ロシア語方言「ビート」)の誤訳を残したまま、脚註なしで伝わった。たとえば「≪борщ≫ (bъrščь) − бурак2」は学名・チェコ語で「ハナウド」を意味すると書かれた脚註「2」が省略されて、本文だけの改版が現れた。「ビート」はロシア標準語で свёкла、ウクライナに隣接するロシア南部の方言で бурак、ウクライナ語では буряк と言う。後二者 бурак / буряк の綴りが近いこともあって、とくにウクライナで「bъrščь=бурак」すなわち「古代スラヴ語 bъrščь=буряк(ビート)」と読み替えられた。これが「古代スラヴ語ビート⇒ボルシチ語源説」の生まれるきっかけとなった。言い換えると、何らかの文献的な裏付けがなければ、この説はこれほどまで広まらなかったはずであり、その典拠のひとつとして、プラハ1924年版、またはその改版が考えられよう。この説を唱える文献の中には、「古代スラヴ語 bъrščь」の意味を、ロシア語方言 бурак を引き合いに出して説明するものもある図1・2参照)。それは両者の前半の綴り bъrščь / бурак が似ていることに加えて、プラハ1924年版の本文に бурак と記されているからではなかろうか。
 このように原著の内容が不正確なかたちで伝えられ、それがまるで別のものに変化する例として、前掲の『ロシア文化の歴史』[34] 2006年)を挙げてみよう。同上書は10冊の関連書を収めた1巻本で、その中にルボル・ニーデルレのモスクワ1956年版[30]も含まれる。ボルシチの該当箇所は次のとおり:

Также древними являются и другие славянские названия овощей − дыня, тыква, репа и капуста и бршъчь, из которого приготавливали суп, известный позднее под названием русского борща.
[上記の野菜とは]別の野菜のスラヴ語名は、同じく古代から伝わるものである。すなわち、ウリ、ユウガオ、カブ、キャベツ、бршъчь、それを食材として後代に有名となった「ロシア風ボルシチ」というスープが作られた。[34] 9頁)

 一見して分かるように、この改版では野菜の学名がすべて省かれた。そのため現代ロシア語の語彙にはない бршъчь は読者にとって意味不明であり、文脈から бршъчь をボルシチの食材「ビート」と読み違える恐れがある。もしそうなれば、「古代スラヴ語 бршъчь(ビート)⇒ борщ(ボルシチ)説」に結び付く可能性も出てくるだろう。

 

 さてロシアの民族学/言語学者 Д.К. Зеленин(1878−1954)は、ルボル・ニーデルレと同じく、ボルシチをハナウドと結び付けている。以下、『東スラヴ民族学』ドイツ語原典(ライプツィヒ 1927年)からのロシア語訳[35] モスクワ 1991年=図6の一節を引用する。なお、ロシア語訳の改版[36] 2012年)では、本文の§番号、学名、アクセント記号、巻末の解題・註釈・索引などが省略された(同 141頁、次の引用文では下線部の§番号、学名とアクセント記号が除かれた)

§ 50. Далее речь пойдёт лишь о той пище, которая характерна для отдельных народностей. Первым и основным горячим блюдом у украинцев и у части белорусов является борщ, т. е. суп из свёклы, а у русских капустный суп − щи. В пограничных районах это различие подчёркивается особо. <...> Тем не менее это довольно поздний видоизменённый вариант старого кушанья, супа из диких трав, преимущественно из борщевника (Heracleum sibiricum L.). У белорусов и русских это растение до сих пор сохраняется своё старое название борщóвник [原文にアクセント記号あり]. Белорусы, особенно Виленской и Минской губ., до сих пор варят из этой травы кислую похлёбку и называют её борщ или в польской форме барщ. Добавление разных трав, например крапивы, лебеды, характерно и для украинского борща, но его главной составной частью являются свёкла (бураки [同上]) и свекольный квас. Главной же составной частью щей служит капуста. Свёкла родится на севере плохо и очень мало там распространена. В некоторых районах Белоруссии щи называют капустой.
§50. ここからは個々の民族に特徴的な食べ物について話を進めてみよう。ウクライナ人および一部のベラルーシ人にとって、基本的な温製スープは「ボルシチ」、つまりビートから作ったスープであり、ロシア人にとってはキャベツのスープ「シチー」である。国境を接する地域では、この差異はことさら目立つようになる。〔中略〕とはいえ、これ[ボルシチ]は、古い食べ物、つまり野草とりわけハナウド(Heracleum sibiricum L.)から作ったスープが、かなり後世になって変形したヴァリエーションである。ベラルーシ人とロシア人のあいだでは、いまに至るまでこの植物の古い名称 борщóвник(ハナウド)が残っている。ベラルーシ人は、とくにヴィリナ県とミンスク県では、いまに至るまでこの草から酸っぱい汁物を作り、それを「ボルシチ」またはポーランド風に「バルシチ」と呼んでいる。さまざまな草、たとえばイラクサ(8)、ハマアカザ[など]を加えるのは、ウクライナ風ボルシチに特徴的なことであるが、その[ウクライナ風ボルシチの]主要な成分はビート(бураки)およびビート製クワスである。[いっぽう]シチーの主要成分はキャベツである。ビートは北部では生育が悪く、殆ど普及していない。ベラルーシのいくつかの地域では、シチーを「キャベツ」と呼んでいる。[35] 150頁、下線部:引用者)

 これらの文献によれば、東スラヴ人は борщевик(ハナウド)というセリ科の植物を食用にしていたことが分かる。セリ科ハナウド属は40種ほどが旧ソ連全域で知られているが、ロシアのヨーロッパ地域で自生するのは、@ борщевик обыкновенный Heracleum sphondyliumA борщевик сибирскийHeracleum sibiricumなどのほか、危険な外来種として B борщевик СосновскогоHeracleum sosnovskyiが急速に増えつつある(9)。これらのうち主に@Aの食用植物としてのハナウドの葉・茎・若芽は、生食・塩漬け・酢漬けなどに適しており、キャベツの汁物 щи(シチー)の材料にもなった。「ハナウドと сныть(エゾボウフウ、セリ科の野草)さえあれば、パンがなくても満腹になれる」(В.И. Даль 編『ロシア語詳解辞典』борщ の項目)
 かつて борщ(ボルシチ)はスープの名称ではなく、борщевик(ハナウド)を意味する単語で、たとえば ≪Домострой≫『家庭訓』(16世紀ロシアの古典、[37][38]には、свёкла(ビート)と並んで борщ(ボルシチ)つまりハナウドの栽培が保存食材として奨励されている(『家庭訓』第45章または第48章、底本によって章数が異なる(10)
 ロシア古来の汁物 щи(シチー)の基本食材はキャベツだが、それ以外の野菜が主要となる場合は、その野菜の名前が付けられた。当初 борщ(ボルシチ=ハナウドの古語)を入れて煮た щи(シチー)は、борщевые щи(ハナウドのシチー、つまりハナウドの汁物)と呼ばれ、しだいにビートの ботва(葉と茎)や корень / корнеплод(根)の部分も加えて作られるようになった。そしてハナウド抜きで作ったビートのシチーも、元の食材 борщ(ハナウドの古語)から派生した борщевые щи(ハナウドの汁物)が慣習的に残って(11)後世に伝わり、それが最終的に борщ(ボルシチ)と呼ばれるようになったと考えられる。言い換えれば、食材名ハナウドを意味する古語 борщ(ボルシチ)から作られた汁物 борщевые щи が、現在では料理名 борщ(ボルシチ=ビートのスープ)の語源となったのである:

食材名 борщ(ハナウド)⇒ 料理名 борщевые щи(ハナウドの汁物)⇒ 料理名 борщ(ボルシチ)

 

 先ほどの古代スラヴ語ビート⇒ボルシチ語源説の場合は、食材名 бърщь(ビート)がそのまま料理名 борщ(ボルシチ)になったと見なすわけで、これと同じような現象が、борщ(ハナウド)⇒ борщ(ボルシチ)語源説の場合に起こっても不思議ではない。つまり、борщ(ハナウド)がそのまま борщ(ボルシチ)になってもよかったはずである。しかし実際には食材名 борщ (ハナウド)が料理名 борщевые щи(ハナウドの汁物)へと派生して、それが最終的に料理名 борщ(ボルシチ)へと変化した。この派生語を経由することについて、ロシアの食文化史研究家 М. Марусенков は、次のように述べている[39] 日刊新聞『イズベスチヤ』電子版 2020年12月25日、下線部:引用者

当初ロシア語とウクライナ語で борщ(ボルシチ)と名付けられたのは、食べ物ではなく、食用植物[ハナウド]のほうで、その後ロシア語で борщевик、ウクライナ語で борщiвник と呼ばれるようになった。〔中略〕この植物は無害であるばかりでなく、古くより食用とされてきた。ロシア語で борщевик[ハナウド、別の綴り борщевник]という名称は、ようやく19世紀初めになって現れた。16〜17世紀の文書において борщ(ボルシチ)という語は、汁物ではなく、常に植物[ハナウド]を意味していた。
〔中略〕さまざまな(生野菜・乾燥・漬物の)ハナウドから熱い汁物が作られたが、それ[ハナウドの汁物]は現代の зелёные щи(緑色のシチー)と似ている。しかしそれは борщ(ボルシチ)とは名付けられなかった。不思議なことだが、事実である。16〜17世紀のロシア語資料では、それは шти борщевыя[= борщевые щи]と呼ばれ、ウクライナ語資料では борщик と呼ばれた。〔中略〕ある段階において植物の名称は食べ物[の名称]へと移行したが、その主要食材はすでにハナウドではなく、ビートに代わっていた。〔中略〕борщ(ボルシチ)という語は、18世紀末からは植物名[ハナウド]とスープの両方を指すようになった。[39]

前段の М. Марусенков の説をもとに、下記の一覧表を作成した。ただしハナウドを意味するウクライナ語 борщiвник が現れた時期は明言されていないので、とりあえずロシア語 борщевик と同じ19世紀初めと仮定しておく。ボルシチ борщ が18世紀末からは植物名とスープの両方を指すようになった、との説については、『ロシア・アカデミー辞典』[25] 第1巻、1789年)борщ の項目に、「ハナウド」と「発酵ビートおよびそれを用いて牛肉と豚脂を入れて作ったスープ」の2つの語義が載っていることが、その良き実例となるだろう。とはいえ半世紀後に出された『教会スラヴ語ロシア語辞典』[26] 第1巻、1847年)борщ の項目には、『ロシア・アカデミー辞典』の2つの語義が継承されている(拙論9頁参照)。また19世紀後半の В.И. Даль 編『ロシア語詳解辞典』борщ の項目にも、2つの語義が併記されたままである。それゆえ19世紀初めにハナウドを意味する新語 борщевик が現れたあとも、ある一定期間 борщ はハナウドの語義を保ち続けたと考えられる。現代では борщ はハナウドの語義を完全に失い、スープの名称「ボルシチ」だけを意味するようになった。

一覧表 省略 ⇒ PDF文書 参照

 

 拙論の第V章(29頁)でも触れることになるが、ビートはボルシチの必須食材であるにもかかわらず、現代ではビートを全く入れない、トマト風味の赤いスープを「ボルシチ」と呼び慣らす例が見られるようになった。この現象は、伝統的な作りかたを守る立場からは決して許容できない。しかしながら、すでに第T章で述べたとおり、絶対的な統一基準を持たないゆえにアレンジしやすいことが、ボルシチの特徴である。それゆえ過去の食文化史の流れを辿たどってみれば、かつてハナウド(古い名称:ボルシチ)がビートに置き換わったのと同じように、こんどはビートからトマトへの主役交代が起こった、とも考えられる。しかもスープの名称として「ボルシチ」をそのまま継承していることは、元の食材(ハナウド)⇒新しい食材(ビート)⇒新しい食材(トマト)⇒料理名は元の食材(ハナウド)のまま、という流れにおいて「ボルシチ」の語源を見出そうとする説に、強い説得力を持たせるものとなるだろう。

食材が全く変わっても料理名は元の食材名のまま、という現象の具体例については、拙論23頁 註(11)を参照されたい。

 

図7図8 省略 ⇒ PDF文書 参照

 

前掲の『ロシア・アカデミー辞典』、『教会スラヴ語ロシア語辞典』、『18世紀ロシア語辞典』、В.И. Даль 編『ロシア語詳解辞典』などの諸文献は、борщ の項目の中に「ハナウド」と「ビートから作ったスープ=ボルシチ」の語義を載せている。それゆえこれらの辞典は、ハナウド⇒ボルシチ語源説を認めていると見なすことができる。
ハナウド⇒ボルシチ語源説は、前掲のルボル・ニーデルレ、Д.К. Зеленин の著作を始めとして、Н.И. Ковалёв の著作にも受け継がれているT[15] 80−82頁、T[16] 58頁、T[25] 208−209頁、[40] 21−22頁=図7[41] 214頁、1984〜2000年)に基づく。同上の著作T[15] 1984年)以降に現れた文献の中で、筆者の知る限り、この説に言及しているものを挙げておこう。@ В.М. Ковалёв、Н.П. Могильный[42] 54頁、[43] 120頁、[44] 137頁)A Н.П. Могильный、В.М. Ковалёв(共著 [45] 230頁)B Н.П. Могильный(単著 [46] 21頁、[47] 108頁)C Т.В. Лаврищева[48] 82頁)D Е.В. РыковаT[1] 215頁)E ウクライナ料理書[49] 14頁、T[13] 9頁)。大学教科書の例FGHF Е.И. Щербакова、О.В. КорниловаT[11] 52頁)G В.С. Бузин[50] 259頁、[51] 46頁)H М.Н. Куткина、С.А. Елисеева[52] 159頁、以下Куткина 他と記す)。前述の I 古典『家庭訓』校訂本[37] 393頁、拙論19頁〔追記2〕参照)
J ロシア系移民作家 N. Burlakoff は、ボルシチの解説書の献辞[53] B頁、2013年)にハナウドの写生画を載せており、第2章ではハナウド語源説を紹介している(同 10−11頁=図8K 食文化史研究家ジャネット・クラークソンも、「パースニップに似た」植物[=ハナウド]がボルシチの「最も重要な材料だったのかもしれない」と述べて、この説を認める側に立つ[54] 119−120頁、2014年)L 上掲の М. Марусенковは、ハナウド⇒ボルシチ語源説を前提として議論を進めている[39] 2020年)。M 辞書編集者ジョン・エイトウによれば、「ロシア語の borshch(この語は英語の bristle の遠い親戚である)とは、本来ニンジンの仲間の植物『ハナウド』をさす語であり、もともとはこのハナウドがボルシチのおもな材料であった」[55] 491頁、2021年)
これらのほか、同上説を認める研究論文、雑誌記事と語源辞典については後述する。
古代スラヴ語説とハナウド説の両論併記の文献[13][14]があることは、すでに拙論9頁「☞ ただし上掲Gの例」で指摘した。

ハナウド борщевик について:
(a) ロシア北部では栽培野菜が不足し、野生植物の採集・狩猟と漁労は食料確保に欠かせなかった。野草のハナウドは、毎年春〜夏に干していたものを穀粉こくふんに混ぜて使い、生鮮なものは、キャベツが育たない所ではその代わりとなった。また冬の保存食材として葉を刻み、ゆでて塩漬けにした[13] 378−379頁、[14] 356頁)。ちなみに現在では、ハナウドの代わりにビートの根を混ぜたパン(хлеб со свёклой)が焼かれ、販売されることもある。
(b) 2015年ミラノ万博に向けて出版されたロシア料理書には、シベリア・ロシア極東の食用野生植物として、2種類のハナウドが挿絵とともに載っている[56] 422−423頁)。そのひとつ(борщевик сибирский)の干した茎は、かつてカムチャツカ半島のイテリメン人の子供があめのようにしゃぶっていた(同 422頁)

エゾボウフウ сныть について:
ウラル地方のコミ・ペルミャク人は、春が到来したあと、エゾボウフウの葉を土筆つくしに次ぐ大切な自然の恵みとして採集し、パイの詰め物やスープの調味料などに用い、冬に備えて塩漬けにした[57] 11−12頁、[58] 157頁)


 これら2つの語源説を比べてみると、上述の古代スラヴ語 бърщь ビート⇒ボルシチ語源説には、致命的な欠陥があることが分かる。なぜなら古代スラヴ語 бърщь に食材名「ビート」の意味があったとする典拠が明らかではなく、しかも後述のように、古代スラヴ語よりも遙か昔に遡るスラヴ祖語では、この単語は「ハナウド」を意味していたからである。前掲の『18世紀ロシア語辞典』[24]、『ロシア・アカデミー辞典』[25]などによれば、борщъ の語義Aの前半「発酵ビート」は食材名ではなく加工食品名であり、語義@「ハナウド」から後世になって派生した二次的な意味(=語義A、つまり広義の料理名と捉えることも可能である。
 一般的にビートは、ギリシアから10〜11世紀ごろキエフ・ルーシに伝来して、すでに述べたように、ギリシア語起源の свёкла(ビート)というスラヴ系の単語(外来語)が生まれた(12)とされる。この時期が正しいと前提すれば、かりに古代スラヴ語 бърщь にビートの意味があったと仮定しても、新しい野菜に бърщь とсвёкла の2通りの名称が初めから併存していたのであろうか? むしろビートがキエフ・ルーシに到来した時点で、ビートは初めて свёкла と名付けられた、と考えるのが自然である。
 そこで2つの語源説を折衷するかたちで、やや込み入った話になるが、食材名のスラヴ祖語 *bъrščь(ハナウド)を起源として、古代スラヴ語 бърщь では「ビート?」に意味が変わり、それが外来語 свёкла(ビート)に取って代わったあと、борщ(борщевик ハナウド)⇒料理名の борщ(ボルシチ=ビートのスープ)になったと唱えても、このような変化の多い筋書きは理解に苦しむ。たとい бърщь(ビート?)⇒ буряк(ビート)⇒ бурак(ビート)⇒ борщ(ビートのスープ)というウクライナ語 буряк 経由説(13)を唱えても、後代の単語 буряк / бурак(ビート)が急に「先祖返り」して бърщь=борщ(ビート?)になり、それが борщ(ビートのスープ)の語源となったとは考えづらい。
 さらに16世紀以降の『家庭訓』を始めとする古文書において、ロシア語の食材名 борщ(борщевик ハナウド)と外来語 свёкла(ビート)が別々に存在していた(14)ことが確認され、後者の食材名 свёкла(ビート)からはビートを主要食材とする料理名 свекольник(ビート汁)という派生語ができている。したがってロシア語 свёкла(ビート)⇒ свекольник(ビート汁)という派生語が確かに存在する以上、古代スラヴ語 бърщь(ビート?)が料理名「ボルシチ」(ビートのスープ)になったとの語源説は、その合理的な論拠を失ってしまう。これらのことを総じて判断すれば、古代スラヴ語ビート(食材名)⇒ボルシチ(料理名)語源説は、それを裏付ける史料(古文書)が不明であること、およびこの説が唱える食材名⇒料理名の過程がすでに別のロシア語(свёкла ⇒ свекольник)で起きていること、などの理由により、同じく食材名⇒料理名の過程を唱える、ハナウド⇒ボルシチ語源説に取って代わるほどの説得力を持つものではあり得ない。とはいえ前者の説は、ウクライナを始めとして、ロシアの国内外を問わず、日本の文献も含めて(拙論58−59頁参照)、かなり浸透しているのが現状である。
 たとえば、МГУ(モスクワ国立大学)の講師陣が執筆した大学の歴史教科書[22] 28頁)には、古代ロシア(15)の食生活について、次のような記述がある:

Из огородных овощей в пищу чаще всего употреблялись капуста и репа. Известная нам свёкла называлась борщом. Древнерусским людям были знакомы также огурцы, тыква, дыня.
栽培野菜のうちキャベツとカブが常食され、おなじみのビートは「ボルシチ」と呼ばれていた。古代ロシアの人々には、キュウリ、ユウガオ、ウリも広まっていた。[22] 28頁)

 またロシアの食文化について広く考察した Г.В. Судаков のモノグラフ[23] 36頁)にも、同じような記述が見られる:

Белые щи готовили из свежей капусты <...>, кислые щи − из квашеной капусты, борщевые − из свёклы (её старинное название − борщ).
「白いシチー」は生キャベツから(16)〔中略〕、「酸っぱいシチー」は発酵キャベツから、「ボルシチェヴィーエ・シチー」はビート(その古い名称はボルシチ борщ)から作られた。[23] 36頁)

 つまりこれらの文献[22][23]は、結果的に古代スラヴ語ビート⇒ボルシチ語源説を支持しているわけだが、свёкла(ビート)の古い名称が борщ(ボルシチ)であったことの典拠は示されておらず、また対立するハナウド⇒ボルシチ語源説についての言及がどこにも見当たらないのは、同上書の学術的な価値を些か損ねるものであろう。
 さて、ハナウド⇒ボルシチ語源説について、より詳しく見てみよう。食材としてのハナウドは、たとえば борщевик сибирский の項目で、現在もキノコを食べない諸民族のあいだでは、葉と茎がスープやサラダなどに利用され、葉の煮汁は上品なキノコの香りがするという В.В. Похлёбкин の記述がある[59] 27−28頁、[60] 56頁 ☞ 図8 N. Burlakoff による引用文参照)。またベラルーシの料理百科事典[61] 34頁)、同上の項目によれば、ハナウドの葉・茎・若芽・蕾・根などがさまざまなメニューの食材となり、ペリメニやピロシキ用の詰め物などに調理されるほか、根は生や乾燥したものがスープの調味料として使われる。葉と葉柄の煮汁は鶏肉ブイヨンの風味があるという。さらに現代ロシアの調理学校教科書[62] 93頁)には、ボルシチの食材のうち、キャベツの代わりにビートの葉と茎、ダイオウ、ホウレンソウ、スイバ、ハナウドなどを入れてもよいと書かれている。
 いっぽう、言語学的な観点からは、ロシア語・ポーランド語を始め、スラヴ諸語の詳細な比較を通してロシア料理の各種スープの語源を考察した И. Лукашук は、ボルシチのハナウド語源説を支持している[63] 250−259頁)。この論文によれば、語彙素 *bъrstjь は、スラヴ諸語はもとより他の印欧語族にも共通して見られるもので、原義「尖ったもの」→「尖った葉」→「(尖った葉を持つ)ハナウド」→「発酵して酸っぱくなったハナウドの葉」のような転義が起こった。スープの食材に発酵野菜を使うのは、ロシア古来の伝統的な調理法である。さらに食材名⇒食品名という転義のプロセスにおいて、同上の「ハナウドの葉」から「発酵して酸っぱくなった食べ物」、最終的には「свекольный квас(ビート製クワス)から作った食べ物」、すなわち現在の「борщ(ボルシチ)」に近い意味になったと考えられる(同 253頁)。ビート製クワスをもとに作るボルシチは、いまでも旧来の調理法として、多くのロシア料理書の中で継承されている。その具体例として、拙論の第Y章では、ビート製クワスの作りかたとそれを用いた古いレシピをいくつか紹介した。前掲のオリア・ハーキュリーズT[22] 116頁)は、「ボルシチの最も古いレシピは発酵させたビーツのクワス」を用いたものであったかもしれない、と述べている。

 

図9図10 省略 ⇒ PDF文書 参照

 

 筆者が調べた限りでは、各種のロシア語語源辞典は一貫してハナウド⇒ボルシチ語源説を唱えており、古代スラヴ語ビート⇒ボルシチ語源説に関する言及は見当たらない。ロシアで出版された直近の辞典のうち、А.К. Шапошников 編『現代ロシア語語源辞典』2巻本、борщ の項目[64] 第1巻75頁、2010年=図9には、次のような記述がある:「スラヴ祖語 *бършчь(ハナウド、尖った葉を持つ植物)より。その源は印欧語 bhrstis(尖った茎、剛毛状の〈葉に関して〉)に遡る(17)」。同じく現在刊行中の А.Е. Аникин 編『ロシア語語源辞典』、борщ の項目[65] 第4巻101−102頁、2011年=図10には、2頁にわたって詳細な解説と参考文献の一覧があり、ロシア語の борщ は「ハナウドの汁物」を意味するウクライナ語から来た言葉としたうえで、その典拠のひとつにキーウ(旧 キエフ)で刊行中の『ウクライナ語語源辞典』7巻本[66] 1982年〜、略語 ЕСУМ)が掲げられた。同上書 борщ の項目には、ウクライナ語 борщiвник(ハナウド)を語源とする説が展開されている:борщiвник(ハナウド)⇒ юшка з борщiвника(ハナウドの汁物)⇒ юшка, суп з буряка i капусти(ビートとキャベツの汁物、スープ)(同 第1巻236頁、1982年)
 前掲の И. Лукашук の論文[63]で援用され、А.Е. Аникин 編の語源辞典[65] 第4巻102頁)にも書誌情報が記された、雑誌 ≪Русская речь≫ のボルシチに関する В.И. Невойт の論文[67] 122−126頁)も、同じ語源説を展開している:「борщ(ボルシチ)という単語は元来 борщевик(ハナウド)を意味し、スラヴ民族のあいだで古くから知られており、さまざまな用途に、とりわけ薬として、よく使われた」(同 123頁)。後述の〔追記3〕でも触れるように、ハナウドは太古よりロシアに自生する薬用植物のひとつであり、薬草スープの具材として用いられ、その食習慣のもとで、10〜11世紀にキエフ・ルーシで舶来野菜ビートの栽培が始まり、同じ薬用植物という位置づけのビートが徐々に広まった。やがてこの新しい食材はハナウドの汁物にも加えられるようになり、ボルシチをみずから作った経験のある人には周知のとおり、調理の過程でビートを鍋に入れた瞬間、色・味・香りともにすべてが変わってしまう。そして最終的にはハナウドよりもずっと利用価値の高いビートが好まれるようになり、日常よく食べられる薬草スープの主要食材に取って代わったのではなかろうか。ただし料理名は、元の食材名 борщ = борщевик(ハナウド)が慣習的に残って、борщ(ボルシチ)のかたちで引き継がれた、言い換えれば、元の食材名から料理名への転義が起こったのである。
 このように考えれば、古代スラヴ語ビート⇒ボルシチ語源説については、бърщь(ビート?)の真偽はさておき、元々の名称 вариво з зiллям(薬草のスープ)に薬用植物ビート(後述のようにビートは薬草として用いられた)を入れるようになって劇的な変化が起こり、ビートが他の食材を圧倒して、最終的には борщ(ビートのスープ)という全く別の名称になった、と一部修正して読み替えることが可能になる。それゆえ古代スラヴ語ビート⇒ボルシチ語源説は、ハナウド⇒ボルシチ語源説と全く相容れぬものではなく、逆に後者の主要食材入れ替わり(ハナウドからビートへの主役交代)の過程を説明する補強材料となり得るであろう。
 なお、ビートの収穫期(夏〜秋)の前、保存食材としてのビートが底をつく春先には、スイバ、ホウレンソウなどの新芽・若葉を煮込んだ зелёный борщ(緑色のボルシチ)や、зелёные щи(緑色のシチー)が作られることがある。前掲のオリア・ハーキュリーズは、「実は1850年代半ばにトマトが入ってくるまで、現在のウクライナ地域のボルシチは必ずしも赤くはなかったのです。それ以前は、ビーツのボルシチはむしろ『黒』く、若いイラクサやソレル、ビーツの葉などを使った春のボルシチは地域によって『白』『黄色』『緑』などと呼ばれていました」と述べているT[22] 116頁)。同上の「緑色のボルシチ」に代表される「変わりだね」は、ビートを全く使わないか、または脇役として加える(18)ため、厳密にはボルシチとは言い難い。同じくポーランド料理の żurek(ジューレク)は、別名 barszcz biały(白いボルシチ:実際は白みがかった茶色のスープと呼ばれるが、ビートを全く入れない[68] 90−91頁、[69] 20−21頁、[70] 108−109頁、[71] 82頁、[72] 138頁、T[28] 298頁)。この奇妙な(?)料理名やレシピが存在すること自体、ボルシチは元々ビート以外の野菜(薬草)から作ったシチーであることを物語っており、その名残として現在もビートを用いない、または少しだけ加える古い調理法が伝わっている、と考えればつじつまが合う。これもまた、ハナウド⇒ボルシチ語源説の正当性を別の面から裏付けるものではなかろうか。

伝統的なボルシチを @「赤いボルシチ」A「緑色のボルシチ」B「冷たいボルシチ」の3つに分類する考えかたについては、拙論117頁を参照されたい。
飼料用ビートまたはサトウダイコンを食材とする「白いボルシチ」については、拙論38頁を参照されたい。

 

 〔追記1〕 戻る
 ハナウド⇒ボルシチ語源説に出てくるシチーについて。シチーはウクライナ起源のボルシチと異なり、ロシア固有の伝統的な料理で、主にキャベツを煮込んだスープのことである。現代標準語では щи と表記するが、И.С. Лутовинова によれば、いまでもロシア各地の方言によっては [шти] / [сти] などと発音され、これらは щи の有力な語源説 съти(食物)を裏付けるものである[73] 63−64頁)。同上書は М. Фасмер 編、П.Я. Черных 編の各語源辞典にっており、後者の П.Я. Черных は、щи < шти <古代ロシア語 съти〔複数〕を「滋養のある飲み物」「液状の食べ物(野菜の?)」と解釈する[74] 第2巻435頁)
 いっぽう、前掲の А.К. Шапошников は、全く別の語源説を唱えている。同上書によれば、щи よりも古い語形は шти で、それはさらに東スラヴ語 *шчи〔複数〕/ *шча〔単数〕に遡って *шчавь(酸味)とつながり、後者は古代ロシア語 щавьнъ(= щавель スイバ)と近い関係にあるという[64] 第2巻554−555頁)。なお、前掲の А.Е. Аникин[65]は第13巻 ≪два − дигло≫ まで刊行され、項目 щи にはまだ遠く至っていない(2020年6月1日現在)
 〔追記2〕
 ハナウドについて、『家庭訓』校訂本[37] 393頁)には次のような註釈がある:野菜畑の垣根に沿って植え付けたハナウドの「葉の部分だけを冬に備えて乾燥させたり、塩漬け・発酵の作業を行なったりした。ハナウドの煮物はシチーの調理に用いた〔中略〕(のちにビートの茎や根を加えて作った料理はボルシチと名付けられるようになった)」。
 〔追記3〕
 Н.И. Мазнев の薬用植物事典[75] 82−86頁)には、ハナウドの仲間 борщевик сибирский と борщевик Сосновского に関する詳細な記述がある。とくに前者の борщевик сибирский については、さまざまな病気に対する効能を始めとして、根・葉・花・種などから生薬を作る方法、接触による火傷(拙論22−23頁 註(9)参照)の程度と応急処置法その他が説明され、また健康サラダ・シチー・ボルシチなどの食材になることも書かれている。
 〔追記4〕
 雑誌 ≪Наука и жизнь≫(『科学と生活』)には、食用ハナウド борщевик сибирский および有毒ハナウドで「侵略者・異星人」の борщевик Сосновского に関する数多くの記事(19)が載っている。とりわけ Н. Замятина の記事[76] 2009年7月号130−132頁)には、「ロシアとシベリア」の住民は、ハナウドの葉柄を束ねて日干しにしたものを、甘い珍味として食べている、というイギリスの植物学者ロジャー・フィリップスの著作からの引用がある(拙論15頁 ☞ (b) イテリメン人 参照)。さらに筆者の個人的体験に基づく食用ハナウドの調理法、ハナウド入りボルシチの作りかたなどの解説は興味深い。
 同上記事は、ハナウド⇒ボルシチ語源説をおおむね支持している:「私たちは不当にも太古の栽培野菜[=ハナウド]を忘れていた。ボルシチ борщ はハナウド борщевик から名付けられたのか、その逆か、いまでは知る由もない。しかしこの料理と植物[=ボルシチとハナウド]との関連性は明らかである。ただハナウドから作ったボルシチは、イラクサから作ったそれよりもずっと暗く、殆ど黒い色になる」[76] 131頁)
 「ハナウドは開花前の、まだ柔らかい葉と花芽かがのあるうちに食べるのが最も良い。刈り取った後、この植物[=保存食材のハナウド]は簡単に戻すことができる。それは『家庭訓』[の時代]にも知られていて、しばしば煮て[食べるよう]推奨された」(同 131頁)。ハナウドの「とても若い葉か、または葉柄のみを用いれば、ハナウド入りのボルシチを作ることができる。そうすれば、ボルシチはもっと食欲をそそる[直訳:より気持ちの良い]色になる」(同 132頁)。同上記事の終わりには、ハナウドの若い葉身・葉柄の塩漬けと、若い葉柄だけの酢漬けのレシピが紹介されている。
 インターネットの画像検索(入力例:суп из борщевика)で見る限り、ハナウドの新鮮な若葉・若芽を入れたスープは緑色のものが圧倒的に多い。この場合、食材を長く煮込むのではなく、緑色を保つために短時間で仕上げるよう工夫されている(例:湯通ししたハナウドを調理の最後に加える)
 〔追記5〕
 前掲のオリア・ハーキュリーズは、次のように述べている:「ボルシチの原形は、今私たちが知っているスープとはあまり共通点がありません。紀元900年、キエフ大公国で初期のスラブ民族が酸味のあるブタクサからボルシチを作ったといわれています。その後、アカザ(アマランサスの仲間)、ビーツの葉、やがてビーツの根そのものが使われるようになっていきました。ビーツの根を指すウクライナ語『ブリャク』が名前の由来で、ママスラブ語で赤を意味する『ボル』とも語源的な関係があるとされています」T[22] 116頁)。この文章にはいくつかの情報が錯綜しているため、額面どおりに受け取ることは難しい。第一に、「ボルシチの原形」と今日こんにちのボルシチとでは食材が異なる⇒ビートの根を食材に用いるのは後世になってから⇒それゆえ両者にはあまり共通点がない、という見解は全面的に支持できる。ただし初めに「酸味のあるブタクサ」からボルシチの原形が「紀元900年」に作られたとする説の歴史的な根拠(例:古文書の記録)が示されていない。第二に、著者は料理名「ボルシチ」は食材名「ブリャク」に由来すること、さらに古代スラヴ語「ボル」には「赤」の意味があり、ボルシチとも「語源的な関係がある」と述べているが、文責不明のインターネット情報は別として、その是非を判断するための学術文献を筆者は持ち合わせていない。なおボルシチは бурые щи(褐色のシチー)を語源とする説については、拙論24頁 註(17)を参照されたい。

 

 

     〔第U章 註〕 参考文献 戻る

(1)

原著はドイツ語、初版2006年。筆者は英訳書の原本2冊[20][21] 2012・2015年)を参照した(ドイツ語原典は未見)。同上書144頁の一節:"It takes its name from the old Slavic word brsh for beet"。新版[21] 2015年)は書名が変わっただけで、旧版[20] 2012年)と内容・頁数は全く同じである。
出版社の公式サイト:http://www.ullmann-publishing.com/(参照:2025.6.1)

(2) 『ロシア・アカデミー辞典』初版[25] 第1巻289/290頁)、бóрщъ[原文にアクセント記号あり]の項目には、語義@Aともに、後代の『教会スラヴ語ロシア語辞典』[26]よりも詳しい語釈が載っている。筆者は『ロシア・アカデミー辞典』初版の電子版(PDF文書)を参照した。
(3) 植物学者ドゥ・カンドルは、ギリシア名「テウトリオン(Teutlion)」のほかに「セヴクレ(Sevkle)」または「スフェケリエ(Sfekelie)」も挙げて、後二者のギリシア名が「セルグ(Selg)というアラビア名、ナバテアン人の間におけるシルグ(Silg)に似ている」と指摘する[77] 138頁)
(4) ボルシチ борщ とビート汁 свекольник の違いについて:キャベツとトマトなど、ある種の野菜を使わず、肉ブイヨンの代わりにビートだけの液汁を用いて作る温製・冷製スープを свекольник と呼ぶ。食材の数が比較的少なく、調理時間も短くなる。この分類に従えば、холодный борщ(冷たいボルシチ)は холодный свекольник(冷たいビート汁)と名付けるほうがふさわしい。
(5) プラハ1924年版は、『スラヴの古代』の後半(第2部)を要約して、モスクワ1956年版はその全体(第1・2部)を要約・改訂して、ロシア語に翻訳したものである。『スラヴの古代』第1部第1巻のロシア語訳が1904年にキーウ(旧キエフ)で出版されたが、その続刊は実現しなかった。プラハ1924年版のロシア語翻訳者の氏名は不詳[78] 446頁)
(6)

プラハ1924年版の復刻版は、ロシア国内でオンデマンド版として出回っているほか、ネット通販会社 Amazon 経由で取り寄せ可能である:
https://www.amazon.com/Byt-kultura-drevnih-slavyan-Russian/dp/545846785X(参照:2025.6.1)

(7)

原文のロシア単語 тыква は通常一語いちごでは「カボチャ」と訳されるが、後述のように、キエフ・ルーシでカボチャ(ウリ科カボチャ属)が普及していたとの確証はない。なぜなら新大陸アメリカ原産のカボチャ тыква がヨーロッパに渡来したのは16世紀[79] 79頁)、ロシアには19世紀初め、一説によれば16世紀[80] 380頁)とされるからである。現代ロシアで広く流通しているぺポカボチャ кабачок(ウリ科カボチャ属、栽培種のひとつ)も、カボチャと同じ時期に旧大陸へ伝来したと言われる。それゆえキエフ・ルーシ時代(9世紀末〜13世紀半ば)に、カボチャはまだスラヴ民族に知られていなかったはずである。
それでは上記のロシア単語 тыква は何を指すのだろうか? 栽培植物の歴史から見て、おそらくはキュウリやメロンと同じ тыквенные(ウリ科)の植物で、カボチャとは別の農作物、たとえばユウガオ(ウリ科ユウガオ属)またはヒョウタン(同上)ではなかろうか。『研究社和露辞典 改訂版』によれば、ユウガオは тыква-горлянка、ヒョウタンは тыква-горлянка(ユウガオの訳語と同じ)と бутылочная тыква(原義「ボトル型のカボチャ」) の2通りに訳されている。そのほか горлянка 一語いちごだけで、さらに посудная тыква(原義「食器用カボチャ」)も、ヒョウタンを意味する。このことが示すように、тыква(カボチャ)が多くの訳語に含まれており、また тыквенные(ウリ科)тыква の派生語であることを考慮すれば、キエフ・ルーシで栽培されていた тыква を「ウリ科ユウガオ属」と解釈することは充分可能である。
ユウガオとヒョウタンは同一種。ある事典では両者を総称してユウガオと呼び、その変種としてのヒョウタンをユウガオの中に含める[81] 94頁)。ヒョウタンは観賞、日除けのほか、柄杓ひしゃく、各種容器、装飾品、楽器、浮袋 等々、多岐にわたって利用されるが、その果肉は苦みが強くて食用にならないものが多い。「かんぴょうの原料となるユウガオの系統は中国、日本で栽培され、ヒョウタンから苦みがなく果肉の軟らかいものが選択された」[82] 552頁)
レベッカ・ラップによれば、アフリカ原産のユウガオおよび同一種のヒョウタンは、「ヨーロッパで古代や中世に栽培されていた」。両者のうち「おそらくユウガオ」は「古代ローマ人」がその「未熟な実を酢とマスタードをつけて食べていた」[83] 128−129頁)。ちなみに後掲のアピキウス『料理書』には、「ヒョウタン」と訳された野菜の料理レシピが10種類ほど出てくるW[26]
「ヒョウタンの栽培や利用はきわめて古くから知られており、新大陸と旧大陸にわたって、古くから栽培されていた植物はほかに例がない」[84] 136頁)。その意味において「古代では世界的に重要な植物のひとつであった」[85] 163頁)と言えよう。
以上、これらの情報を総合すれば、キエフ・ルーシ時代に栽培されていた тыква は、ルボル・ニーデルレの著作[30] 200頁、1956年)では学名 Lagenaria(ユウガオ属)が付いているように、「カボチャ属」ではなく、「ユウガオ属」と解釈できる。以下、拙論では тыква に「ユウガオ」の訳語を当てるが、それには「ヒョウタン」も含まれる。
ついでながら、聖書時代の料理に関する本[86]の中で、「ソロモンのごちそう」として「かぼちゃのシチュー」が伝統レシピ(同 81頁)とカラー写真(同 51頁)で紹介されている。「かぼちゃの他にうり、ひょうたん、とうがんなど、ウリ科の野菜」を用いてもよい(同 81頁)。とはいえ、ソロモンは紀元前10世紀の第3代イスラエル王であり、実際に「かぼちゃのシチュー」が宮廷料理として供されたのかどうかは分からない。なぜなら聖書にカボチャは登場しないからである。もちろんこれだけの理由でカボチャの存在を否定することはできない。ただ先述のように、栽培植物の伝播の歴史に鑑みれば、古代イスラエルにカボチャが渡来していたとは考えにくい。もっともヒョウタンを意味する訳語は聖書に出てくる(列王記 上/第一 6:18、7:24)。しかしこの植物は、苦くて食用には適さない「コロシントウリ」(ウリ科スイカ属)だとする説がある[87] 197−199頁、[88] 86−87頁)。もし同上説が正しければ、ヒョウタンの可能性は低くなる。別の箇所では、ディルアンという地名(ヨシュア記15:38)の由来はヒョウタンだとする説もある[89] 104頁、[90] 53頁)。いずれにせよ、ヒョウタン(ウリ科ユウガオ属)が太古より世界各地で広く栽培されてきた歴史を考慮すれば、ソロモンの時代にこの植物が存在していたことは、ほぼ間違いなかろう。したがって「ソロモンのごちそう」としてカボチャではなく、ヒョウタンまたはユウガオの料理が供されていた可能性はある(ただし聖書にその記述がないため、断定はできない)
同じように、古代ギリシア・ローマにもカボチャは伝わっていなかったと考えられる。それゆえこの時代に書かれた古典の中で「カボチャ」「セイヨウカボチャ(カボチャの一種、アメリカ原産)」「ペポカボチャ(同上)」などの訳語が出てくるとすれば、それはヨーロッパへのカボチャの渡来は16世紀以降とする学説を翻訳者が採用せず、カボチャは当時すでに地中海沿岸にあったと見なして、これらの訳語のひとつを選定した、ということになる。
たとえば、ギリシアの文人アテナイオス(2世紀ごろ)『食卓の賢人たち』抄訳版の一節にいわく、「ある冬のこと、食卓に南瓜かぼちゃが出されたので一同びっくりしたことがある。むろんこれは畠からとれたての南瓜だと思っていた。〔中略〕ま、とにかく一月に南瓜を食べていることにわれわれは驚いたというわけだ。新鮮だしちゃんと特有の風味もあったしね。〔中略〕ただ彼は南瓜のことを瓢箪ひょうたんと呼んでいるがね。こういうのだ、『瓢箪の実は切って糸に通し、風にさらして干す。干したら吊して煙でいぶす』」[91] 222−223頁)。巻末の「訳注」によれば、「南瓜」の原語は kolokynthe(英字表記)、「瓢箪」は sikya(同上)。前者は円く、後者は細長いのが「特徴だと辞書は教える」。それゆえ円いもの=南瓜、細長いもの=瓢箪と訳した[91] 453頁)
同じ翻訳者による『食卓の賢人たち』完訳版において、この箇所(第9巻372)は「南瓜(kolokynthe)」[92] 350−352頁)が踏襲され、別の箇所(第2巻59)では「西洋南瓜(kolokynthe)」[93] 209頁)となっている。その理由について、翻訳者は側註で次のように説明する:「ギリシア語で kolokynthe と呼ばれるものは、従来『南瓜』と訳されてきたが、南瓜は新大陸の原産で、それが古代地中海世界にあったはずがない、あれは瓢箪だという説が近年有力である。しかし古代の文献のあちこちに見える kolokynthe が瓢箪では、いわゆるイメージが違いすぎるので」、アリストテレス『動物誌』やテオフラストス『植物誌』の和訳に従って「『西洋南瓜』をとることにする」[93] 209頁)。ここでの『動物誌』とは岩波書店版[94] 1969年、[95] 1999年 )を、『植物誌』とは八坂書房版[96] 1988年)を指す。これらの翻訳書の該当箇所には、それぞれ「セイヨウカボチャ Cucurbita Pepo」[94] 141頁 訳者註(29)[95] 245頁 訳注(31)、原文の学名は立体・種小名P大文字表記)、「セイヨウカボチャ(κολοκúντη)」[96] 植物名索引10頁)の記述がある。
その後、別の出版社から別の翻訳者による『植物誌』が刊行された。その第1分冊[97] 2008年)では、κολοκúντη は「コロキュンテー[ペポカボチャ]」と訳されている。ただし翻訳者は、『植物誌』底本の編纂者アミグの提案による「ペポカボチャ」の同定には「問題が多い」として、次のように述べている:「ホート索引(一九一六年)はこれをセイヨウカボチャ(Cucurbita maxima)としたが、最近は否定されている。〔中略〕一般的にはセイヨウカボチャは南米高地、ペポカボチャは北米(メキシコ)原産で、ヨーロッパに伝わったのは十六世紀とする説が多い」。「上記のアミグ説以後、一九九一年にサレアズ〔中略〕が」、コロキュンテーは「当時知られていたヒョウタンなどウリ科植物すべてを総称する名称だったとみなし、カボチャの類との見方を斥ける」。とはいえ『植物誌』本文が描写する植物の特徴から見て、やはり「ぺポカボチャとするアミグに従った方がよさそうである」。ゆえに「明確な同定は難しいが、仮にアミグの同定を記した」[97] 144−145頁)。この「アミグの同定」に従って、アリストテレス『動物誌』の新訳(2015年)では「ぺポカボチャ」が選定された[98] 29頁 側註(41)、学名 Cucurbita pepo

(8)

イラクサ刺草いらくさ крапива)の若葉を干したものがスープ・煎じ茶用の具材として、ロシアの薬局や自然食料品店などで販売されている(商品名の例:Крапива майская)
以下、中世後期ヨーロッパの食生活におけるイラクサの栽培と利用について:
「イラクサは今ではただの野草だが、中世には家庭菜園で栽培されていた。口あたりがよく少々苦みがあって、ミント風の味がするためよく使われていたのだ。中世の台所ではイラクサは、ピューレやスープ、煮込み料理、パンなどさまざまな品に生まれ変わった。薬草としても利用され、若葉を摘んで乾燥させ煎じた薬は、貧血、リウマチの症状、関節痛、皮膚疾患、出血性の痛み、風邪症状、咳、鼻炎や気管支炎の治療に効果があった」[99] 71頁)

(9)

『ロシア大百科事典』[100] 第4巻 69−70頁、2006年)борщевик の項目によれば、ロシア国内ではハナウド属の「多くの種は家畜の飼料(サイロ)用としての経済的価値を有するが、殆どすべての種は人間にとって(接触のさい)火傷に似た皮膚の炎症を惹き起こすことがある。その中には борщевик Сосновского(Heracleum sosnovskyi)も含まれる。この種はカフカースから持ち込まれたもので、サイロ用の植物として栽培されていたが、いまやロシア各地の草原や森の切れ目で危険な雑草と化して、第二の分布圏を勢いよく拡大しつつある」(М.Г. Пименов 執筆)
ロシアではこの巨大な怪物 Heracleum sosnovskyi を駆除するための実用書も出回っている[101]

(10) 『家庭訓』初版:第48章、シリヴェストル版:第45章「野菜畑と果樹園の営みかた」[37]。ただしロシアで市販されている別の現代語訳書によっては、さらに章数が異なる場合もある(例:第44章)
(11)

@羊羹ようかん」は、羊肉のあつもの(スープ)から和菓子へと激変したにもかかわらず、元の食材・料理名が残った好例である(拙論118頁参照)。NHKのテレビ番組『美の壺』では、File 566「黒の風格 羊羹」の中で、この語源説が紹介された(2022年9月16日放送)A 洋菓子「マシュマロ 英語 marshmallow は、かつてアオイ科の多年草「ウスベニタチアオイ(薄紅立葵)英語 marsh mallow を原料として作られたが、いまではマーシュマロウの代わりにゼラチンと卵白などを用いる。B「がんもどき」の関西での異称「飛竜頭ひりょうず」は、ポルトガル語「フィリョース filhós」由来とする説。ポルトガルの伝統的な揚げ菓子(基本食材:小麦粉・卵・砂糖・植物油など)が日本に伝わり、油揚げの一種(大豆食品)になったという。C トマトケチャップすなわち「ケチャップ」の語源として、「保存した魚のソース魚醤ぎょしょう」を意味する中国南部の方言「ケ-チャップ ke-tchup」から来ているという説(魚からトマトに食材が変わっても名称は変わらない)[102] 75頁)D片栗粉かたくりこ」は、現在ジャガイモのでんぷんによる代用品が一般的だが、慣習的にユリ科の多年草の原料名「カタクリ(片栗)」がそのまま残った。E ロシア単語で元来の意味と現在のそれが異なる果物の例:хурма(元 ペルシア語「ナツメヤシ」⇒現 ロシア語「柿」、хурма の綴りはそのまま残る)Fショートケーキ英語 shortcake の語源として、油脂製品「ショートニング」英語 shortening を用いたケーキが、この食材を使わない現在でも、元の食材名の前半が残って「ショートケーキ」になったという説(ただし諸説あり)
これらはすべて、食べ物の語源とされる元の言葉の全体@E、または前半だけFが、新しい食べ物の名称として受け継がれた例である。そのほか、元の料理名に新しい食材名を付け加えた例として、ロシア料理「ベフストロガノフ」のアレンジレシピを挙げてみよう(この料理の語源について:拙論70−71頁 註(5)参照)。ベフストロガノフには、「ベフ(=牛肉)」を全く使わず、代わりに鶏・七面鳥・羊・豚・馬などの肉を用いたレシピも存在する。たとえば鶏肉の場合、新しい食材名「鶏肉」を付け加えて、「ベフ(=牛肉)ストロガノフ」という元の料理名は残したまま、ロシア語で「鶏肉から作ったベフストロガノフ」бефстроганов из курицы と名付けられた。言葉の意味を考えると、いくぶん奇妙な命名かもしれないが、すでに定着した料理名はそのまま受け継がれることの適例と言えよう。ただし現代では「ベフ(=牛肉)」を省いて、「チキンストロガノフ」英語 chicken stroganoff、「ポークストロガノフ」英語 pork stroganoff などという料理名も現れた。筆者の知る限り、ロシア本国ではこれに対応した「ベフ беф」抜きの料理名(例:строганов из курицы)はまだ認知されていない。それどころか、これらのアレンジレシピと区別するため(?)、「牛肉から作ったベフストロガノフ」бефстроганов из говядины という重複表現も見受けられる。

(12)

В.Ф. Белик 監修『園芸小百科』によれば、キエフ・ルーシにビートが伝わったのは11世紀とされ、そこで「ギリシアの作物名 сфекели がスラヴ系の呼びかた свёкла になった」[80] 327頁)
なお、現代ロシア語では ё е で代用してもよい(ただし前掲書[77]は全文 ё 表記)。現代ロシア語辞典の見出し語の綴りは свёкла。ふつう свекла の綴りで代用され、アクセントは第1音節 ё にある。ちなみに1847年発行の『教会スラヴ語ロシア語辞典』[26]、全文 ё 不使用)では、見出し語すべてにアクセント記号が付けられ、ビートの項目は свéкла(同 第4巻97頁)となっているが、実際には [свёкла] と発音されていたであろう。なぜなら文字 ё は18世紀末に誕生した「最も若く、そして最も不幸」な文字であり、「不安定な地位にあっ」て[103] 32頁))、実際の発音がそのまま文字化されるとは限らないからである。。

(13) А.Е. Аникин 編の語源辞典[65] 第5巻145頁)、бурак の項目によれば、ロシア語 бурак はウクライナ語ではなく主に南西のベラルーシ語から伝わったとされる。
(14)

「買ったりしないですむよう柵園の周囲全体にボルシチ(草)[=ハナウド]を播き、春に芽を出したら己ママのためにたくさん煮るか、神が喜ママぶように困窮者に与えるようにする。家族の少ない者はそれを他の食料品を買うために売ればよい。キャベツとビートも播いて、生えてきたらそれを食べるようにする。キャベツが捲き始めたら、適宜に切り、煮て食し、残りを細かくして家畜にやる。秋までの適当な時期にボルシチを切って干し、一年間以上使えるようにする。キャベツとビートは夏の間は煮て食し、秋に塩漬けにする」(『家庭訓』[38] 96−97頁)
『11〜17世紀ロシア語辞典』[104] 第1巻301頁)、борщ の項目には、前段と同じ『家庭訓』のほか、борщ と свёкла が併記された別の古文書からの引用文も載っている。
なお、後掲の Сюткины(拙論45頁参照)は、Е.А. Авдеева の家庭実用書(1846年)のレシピを援用したうえで、発酵キャベツや発酵ビートなどの漬物も、生野菜と等しく「乾燥保存」の対象となったと述べている[105] 222−227頁)。「総じて野菜の乾燥は、かつてロシアでは次の季節まで保存する方法として広く行なわれていた。〔中略〕どの農家にも広い貯蔵庫があったわけではない。その中で生キャベツは稀にしかクリスマスまで保たれなかった。それは塩漬けの野菜でも同じであった」(同223頁)。「乾燥野菜は一年中、いつでも食料として利用できた。しかも乾燥した状態の発酵キャベツまたは発酵ビートは、生の状態と比べて8分の1の場所に収まり、10分の1の重さに減少した。[ゆえに]それらを保存するための貯蔵庫は必要なかった」(同225頁)

(15) 「古代ロシア」は Древняя Русь(古ルーシ)の訳語。拙論では「キエフ・ルーシ」の同義語として用いる。ここでいう〈古代〉とは、紀元後9世紀末〜13世紀半ばのキエフ・ルーシ時代を指すロシア史の用語で、たとえば「古代ギリシア」の〈古代〉とは大幅な時間のずれがある。それを避けるため「ロシア」と縮めて表記すれば、「ころ」に通じて言葉のひびきが悪くなる(日本では以前「ロシア」を Россия の綴りどおりに「ロシ」と表記していた)。なお、「古代ロシア」を「キエフ・ルーシ」に限定せず、9世紀からピョートル大帝以前の17世紀までとする時代区分法もあるが、拙論では採用しない。
(16) これに対して И.С. Лутовинова は、「"白いシチー"という語結合はおそらく燕麦スープを意味するものであろう」と述べている[73] 65頁)
(17)

この記述は А.К. Шапошников 編の語源辞典[64] 第1巻75頁)によるものだが、その内容は『スラヴ諸語語源辞典』[106] 第3巻131頁)、bъrščь の項目をおおむね踏襲したものである。
А.К. Шапошников は、борщ の項目[64] 第1巻75頁)ではハナウド⇒ボルシチ語源説を唱えているのに対して、щи の項目(同 第2巻555頁)の末尾では、борщ は бурые щи(褐色のシチー)を語源とする説を紹介している。ただしその論拠は示されていない。

(18) ビートを必ず用いるという絶対条件を守って、「緑色のボルシチ」にもビートの若葉や根を加えるレシピは数多く存在する。それゆえ「緑色のボルシチはビートが全く入っていない変わりだね である」という説明は正しくない(拙論113頁参照)
(19)

食用ハナウドの記事(2009年7月号):Н. Замятина. Мой друг борщевик.
https://www.nkj.ru/archive/articles/16099/(参照:2025.6.1)
有毒ハナウドの記事(2004年7月号):С. Семиков. Ах, не трогайте меня: обожгу и без огня!
http://www.nkj.ru/archive/articles/2230/(参照:同上)
雑誌『科学と生活』の公式サイトでは、1961・1965・1974年、並びに2007年以降のバックナバーの電子版(PDF文書、雑誌原本の頁数表示)を販売しており、筆者は2009年7月号の電子版を購入した。
なお、公式サイトでは過去の記事を無料で検索・閲覧することも可能である(HTML文書、ただし雑誌原本の頁数は非表示)

 

     〔第U章 参考文献〕  戻る

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☞ 筆者は同上書[2]の初版原本から直接引用した。
〔電子版〕第3版1960年 https://archive.org/details/stravy1960/page/n5/mode/2up?view=theater(参照:2025.6.1)

[3]

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〔前掲書[43]とは別の出版社による再版〕ただしイラスト・写真などの図版はすべて省略された
Ковалёв В.М., Могильный Н.П. Традиции, обычаи и блюда русской кухни. М.: Терра−Книжный клуб, 1998.

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☞ 筆者は同上書[65]の第4〜5巻原本から直接引用した。
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〔第1〜6巻А−Яまで既刊、第7巻「索引」未刊〕
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[86] 山口里子『食べて味わう聖書の話』(オリエンス宗教研究所、2019年)。
[87] ウイリアム・スミス『聖書植物大事典』藤本時男編訳(国書刊行会、2006年)。
[88] ハロルド・ノーマン・モルデンケ『聖書の植物事典』奥本裕昭編訳(八坂書房、2014年)。
[89] 廣部千恵子『新聖書植物図鑑』写真 横山 匡(教文館、1999年)。
[90]

〔イスラエルで出版されたロシア語図書、原著は英語版 2004年発行〕
Фейнберг Вамош М. Кухня библейских времён. От Райского сада до Тайной вечери. Герцлия, [2011?].

[91] アテナイオス『食卓の賢人たち』柳沼重剛編訳(岩波書店、1993年)岩波文庫
[92] アテナイオス『食卓の賢人たち 3』柳沼重剛訳(京都大学学術出版会、2000年)西洋古典叢書
[93] アテナイオス『食卓の賢人たち 1』柳沼重剛訳(京都大学学術出版会、2000年)西洋古典叢書
[94] 『アリストテレス全集8 動物誌 動物部分論』島崎三郎訳(岩波書店、1969年)。
[95] アリストテレース 動物誌(下)』島崎三郎訳(岩波書店、1999年)岩波文庫
[96]

〔『植物誌』全9巻の完訳、1巻本〕
『テオフラストス 植物誌』大槻真一郎・月川和雄訳(八坂書房、1988年)。

[97]

〔『植物誌』全9巻の完訳、3分冊、人名表記「テオラストス」〕
テオプラストス『植物誌 1』小川洋子訳(京都大学学術出版会、2008年)西洋古典叢書

[98] 『アリストテレス全集9 動物誌 』金子善彦・伊藤雅巳・金澤 修・濱岡 剛訳(岩波書店、2015年)。
[99] ハンネレ・クレメッティラー『[図説]食材と調理からたどる 中世ヨーロッパの食生活 王侯貴族から庶民にいたる食の世界、再現レシピを添えて』龍 和子訳(原書房、2023年)。
[100]

Большая российская энциклопедия. Т. 4. М., 2006.
〔電子版〕https://bigenc.ru/c/borshchevik-4476cc(参照:2025.6.1)

[101] Венденская М. Борщевик Сосновского. Как побороть пришельца-гиганта. М., 2019.
[102] ダン・ジュラフスキー『ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史』小野木明恵訳(早川書房、2015年)70−87頁、第4章「ケチャップ、カクテル、海賊」。
[103] 小林 潔『ロシアの文字の話 ―ことばをうつしとどめるもの―』(東洋書店、2004年)ユーラシア・ブックレット
[104]

〔現在刊行中、全巻数は未定〕
Словарь русского языка XI−XVII вв. М., 1975−2019. Вып. 1−31.
〔電子版〕https://azbyka.ru/otechnik/Spravochniki/slovar-russkogo-jazyka-11-17-vv/(参照:2025.6.1)

[105]

Сюткина О.А., Сюткин П.П. Тысяча лет за русским столом. Непридуманная история суздальской кухни. Суздаль, 2024.
〔電子版〕https://www.academia.edu/122738687/(参照:2025.6.1)

[106]

〔現在刊行中、全巻数は未定〕
Этимологический словарь славянских языков. Праславянский лексический фонд. М., 1974−2021. Вып. 1−42.
〔電子版〕第1〜39巻(40〜42巻 未掲載)http://etymolog.ruslang.ru/index.php?act=essja(参照:2025.6.1)

 

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