ボルシチの起源と調理法 第Z章 ボルシチのレシピ(旧ソ連〜現代)

◇ 第Z章 ボルシチのレシピ(旧ソ連〜現代)〔HTML文書2025.6.1改訂版〕

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   第Z章  ボルシチのレシピ(旧ソ連〜現代)

 

  レシピ 16 17 18 19 20 21 22 23

 

  (1) ボルシチの分類 ⇨ 各項目: (2) (3) (4) (5) (6) 戻る

 

 この章では、1917年のロシア革命を経て成立し、1991年末に解体した旧ソ連、およびそれ以降の現代に至るまでのボルシチのレシピを紹介しよう。ただしウクライナだけでも100種類以上(1)とされるレシピを網羅することはせず、前章と同じく「ウクライナ風ボルシチ」と呼ばれるものを中心にして、その食材と調理法がどのように変わってきたかを知る手がかりを提供したい。
 前掲の Фельдман 他のウクライナ料理書U[1] 59−60頁)によれば、ボルシチは次の3つに分類される:
@赤いボルシチ」красный борщ 主要食材:ビート
A緑色のボルシチ」зелёный борщ  原則としてビートを入れない(拙論24頁 註(18)参照)
B冷たいボルシチ」холодный борщ 主要食材:ビート 夏期限定

ウクライナの民俗学者 Л.Ф. Артюх[1]、参考文献 X[31] 執筆者)によれば、ボルシチは @「キャベツ入りボルシチ」、A「緑色のボルシチ」、B「冷たいボルシチ」の3つの基本的な種類に分けられる[1] 53頁)。このうち @「キャベツ入りボルシチ」は、前掲の @「赤いボルシチ」に相当すると考えてよいだろう。

 

 一般的に「ボルシチ」と呼ばれるスープは、とくに断らない限り、@赤いボルシチ」を指している。主要食材はビートであり、これが無いものをボルシチと呼ぶことはできない。ある種のレシピでは、ビートは少なく、トマトを多く用いて、ボルシチの赤みを主にトマトに頼っているが、その場合でもビートは必ず入れる。大まかに見て、南方のウクライナでは豊かな食材に恵まれ、中南米原産のトマトを惜しまず使う傾向にあり、ロシア北部の寒冷地では逆に少なくなる(例:拙論110頁 レシピ15「トマト10個」に対して、107頁 レシピ14「トマト5個またはトマトピューレ1/4フント」)
 A緑色のボルシチ」については、拙論の第U章で述べたように、ボルシチはもともとビートを入れない野菜スープから始まったことを考えれば、その存在理由に説明がつく。言い換えると、この作りかたは例外的な「変わり種」ではなく、赤い根のビートがまだ普及していなかった時代の野菜スープが、「緑色のボルシチ」という名称で今日こんにちまで伝わっているのであろう。
 B冷たいボルシチ」には複数のレシピがあって、とくにサワークリームをたっぷり混ぜたものは根強い人気がある。ビートの熱処理さえ終わっていれば、その調理時間は@Aのボルシチよりも圧倒的に短くなる。主に夏の暑い時期に冷たいまま(または冷やして)食べる。ただしビートの ботва(葉と茎)を入れた борщ летний / борщок летний「夏のボルシチ(2)」は、@Aと同じく温製スープであり、冷製ではないので注意されたい。
 拙論の第X章(60−65頁)で、筆者はビートがハナウドに取って代わったいくつかの理由を考察した。その議論の流れに沿って言えば、ある種のレシピにおいて、いまや新参のトマトが古参のビートを押し退けようとしている、とも考えられる。このような2つの食材のあいだでの「主役交代」は、すでに述べたように、ボルシチの出現の過程においてときどき起こってきた(例:紫色のニンジン⇒橙色のニンジン、「パンの代用食」としてのカブ⇒ジャガイモ)。それゆえ筆者は「ビートを入れないものはボルシチではない」と主張しつつ、ある種のレシピを非正統的な作りかた、または「まがい物」として排除するつもりはないことを、ここで明記しておきたい。とはいえ、ビートの入手が不可能な場合や、ビートを生理的に受け入れられない人々(拙論32頁参照)のために、この食材抜きの「ボルシチもどき」が代替品として存在する、と筆者は考えている。
 前段の「ある種のレシピ」には、ビートを全く入れず、トマトで赤みを付ける調理法も含まれる。それにもかかわらず、「ボルシチ」という名称が残っている場合が多い。これは注目に値する。なぜなら、必須食材のビートを使わない、という意味で食材内容が変わっても、元の名称はしっかり受け継がれているからである(3)。拙論の第U章で筆者はボルシチの語源を巡って、ハナウド⇒ボルシチ語源説を支持・展開したが、この説では元の名称が継承されるという前提に立っている。したがってある種のレシピではビートが無くてもボルシチと呼んでいること自体、まさにこの説を傍証していると言えよう。ちなみに和菓子の「羊羹ようかん」は、字義どおり「羊肉のあつもの」であったのに、中国から日本に伝わったあと、主要食材の羊肉が小豆に入れ替わり、スープから甘いデザートへと変貌を遂げ、しかも元の名称がそのまま残っているのはとても興味深い(拙論23頁 註(11)参照)

 

  (2) 『おいしくて健康に良い食べ物の本』 ⇨ 各項目: (1) (3) (4) (5) (6) 戻る

 

 ≪Кгига о вкусной и здоровой пище≫(『おいしくて健康に良い食べ物本』、直訳「についての本」、以下食べ物の本と記すは、次の項目(3)で扱う『料理法』とともに、旧ソ連時代の古き良き家庭の味を伝えるレシピ本として、まさに双璧をなすものである。後者の『料理法』が現在では一部の復刻版(4)も含めて、古書店やネット通販などで売られているのに対して、前者の『食べ物の本』は、いまなお複数の出版社から改訂版が発行され続けている。なお、この本と同一の書名(例:U[47]、ほぼ同一の書名(例:『おいしくて健康に良い本 DVD付』)、または紛らわしい書名(例:『おいしくて健康に良い食べ物の新しい本』)を持つ、全く別の著者による数多くの料理書が出回っていることに注意されたい。このような現象は、かつて書名の模倣に絶えず悩まされたモロホヴェツ(ロシア帝国時代)を彷彿とさせる。

 

 【レシピ16】 ⇨ レシピ: 17 18 19 20 21 22 23 戻る
 『食べ物の本』の初版1939年[2]には、ウクライナ風ボルシチのレシピが載っていないため、ここでは同上書より「[牛]肉入りボルシチ」の調理法を紹介しよう。
☞ この章では、ロシア語テキストはすべて省略する

[牛]肉入りボルシチ
 [牛]肉のブイヨンを作る。[次に]ビート、ニンジン、パセリ[の根]とタマネギの皮をむき、千切りにする。[それらを]シチュー鍋に入れ、トマトまたはトマトピューレ、酢、砂糖、ブイヨン少々を加え、蓋をして野菜を蒸し煮する。蒸し煮のあいだ、野菜が焦げ付かないように注意すること。そのために、必要に応じてブイヨン少々または水を加えながら、かき混ぜる。
 蒸し煮を始めて15〜20分後に、千切りにしたキャベツを加えて、よくかき混ぜ、さらに20分蒸し煮する。そして [これらの]野菜に、作っておいた[牛]肉のブイヨンを注ぎ込み、胡椒、ローリエ、塩を加えて、野菜をじっくりと完全に煮込む。食卓に出すときに、サワークリームをボルシチに注ぐ。
 ボルシチを煮るさい、ジャガイモを丸ごと、またはくし形に切って入れてもよい。同じく生トマトをくし形に切り、煮込みが終わる5〜10分前に加える。
 仕上がったボルシチには、[牛]肉のほかに、煮たハム・ウィンナソーセージまたはソーセージを入れてもよい。
 ボルシチを着色するために、ビートの煮汁を作ってもよい。まずビート1個を輪切りにして、熱いブイヨン1カップを注ぎ、酢小匙1を加えて、10〜15分弱火にかける(沸騰させないこと)。そのあと煮汁をして、提供するまえにボルシチに注ぎ入れる。

[牛]肉500gに対してビート300g、生キャベツ200g、[香味野菜の]根とタマネギ200g、トマト100g(またはトマトピューレ大匙2)、酢と砂糖それぞれ大匙1。[2] 43−44頁)

 【レシピ17】 ⇨ レシピ: 16 18 19 20 21 22 23 戻る
 ウクライナ風ボルシチのレシピは、『食べ物の本』1952年(版数の表記なし)に初めて現れた。ここでは第12版(5)2003年[3]より引用する。次に掲げる文章は、それまでの旧版のレシピをほぼ踏襲したものである。なお、第12版73頁には、ボルシチの語源として「古代スラヴ語 бърщь =ビート」説が紹介されている(6)。筆者の知る限り、1939年から始まる『食べ物の本』各版の中で、この語源説が載っているのは、第12版2003年[3]、重版2006・2009)だけである。同じ版数が記された「第12版」1997年(重版1998・1999)や、あとで紹介する『食べ物の本』2017年版[4]には、この語源説は見当たらない。

ウクライナ風ボルシチ
 [牛]肉のブイヨンを作り(「[牛]肉のブイヨン」参照)す。皮をむいた[香味野菜の] 根とビートを千切りにする。トマトピューレ、酢とブイヨン[の一部]を加えてから(パン製またはビート製クワスを注いでもよい)、ビートを20〜30分蒸し煮する。切り刻んだ[香味野菜の] 根とタマネギを軽くバターで炒め、り小麦粉と混ぜ合わせレシピ14・20参照]、ブイヨン[の一部][注いで]かき回して沸騰させる。
 ボルシチ用に作られたブイヨンに、粗くさいの目切りしたジャガイモ、粗く刻んだキャベツ、蒸し煮したビート、塩を入れ、10〜15分煮る。[そこへ]小麦粉をまぶして炒めた[香味野菜の]根、オールスパイスと黒胡椒を加えて、ジャガイモとキャベツが柔らかくなるまで煮込む。
 最終段階のボルシチは、ニンニクとともにすり潰した豚脂で味付けをして、くし形に切ったトマトを加え、ひと煮立ちさせたあと、火から下ろし、15〜20分蒸らす。[食卓に]出すさい、ボルシチを注いだ皿にサワークリームを入れ、細かく刻んだパセリの葉を振りかける下線部:引用者、後述の説明参照]

[牛]肉500gに対して水3ℓ、キャベツとジャガイモそれぞれ400g、ビート250g、トマトピューレとサワークリームそれぞれ1/2カップ、酢大匙1、パセリとセロリの根それぞれ1/2〜1個、タマネギ1個、豚脂20g、バター大匙1、小麦粉大匙1、ローリエ1枚、黒胡椒とオールスパイスそれぞれ4粒、ニンニク1かけ、トマト1〜2個、塩 好みで。[3] 74頁)

 すでに項目(2)の冒頭で、『食べ物の本』と同一の表題を持つ、全く別物の料理書(7)U[47]があることは触れておいた。この本には、ハナウド⇒ボルシチ語源説が載っている(同 108頁)。この本を2018年に上梓したモスクワの ≪Э≫ 出版社は、2017年に従来の、つまり1939年から版を重ねる『食べ物の本』(8)[4]を刊行した。ただし版数(たとえば第13版)の表記はない。筆者は第12版2003年[3])と、2017年版[4]双方のウクライナ風ボルシチのレシピを見比べたうえで、後者にはいくつかの問題点があることを指摘しておきたい。
 まず、第12版のウクライナ風ボルシチのレシピ[3] 74頁)を、2017年版はおおむね受け継いでいる[4] 114頁)。しかしながら、「ボルシチを注いだ(直訳「ボルシチの入った」)複数の皿にサワークリームを入れ、細かく刻んだパセリの葉を振りかける」箇所を、2017年版は「ボルシチを複数の皿に注ぎ分けながら(副動詞現在 разливая)、サワークリームを入れ、細かく刻んだパセリの葉を振りかける」に書き替えた。その結果、「ボルシチを注ぎ分ける」「サワークリームを入れる」「パセリの葉を振りかける」作業は、実際には順を追って行なうにもかかわらず、レシピの文面では同時進行(「ボルシチを注ぎ分けながら」)を指示していることになる。このおかしな(?)表現は、筆者の知る限り、『食べ物の本』1952〜1989年の各版がずっと受け継いできた。それがようやく第10版1990年になって、「ボルシチを注いだ複数の皿にサワークリームを入れ〔後略〕」に訂正されて、第12版2003年に引き継がれた。したがって2017年版は、かつてのおかしな(?)表現に逆戻りさせたことになる。
 次に、2017年版の食材表[4] 114頁)には、それまでの旧版(第12版含む)では明記されなかった 1 морковь「ニンジン1本」が初めて登場する。しかしレシピ本文では、「ニンジン」がどこにも見当たらない。この場合、根菜類のニンジンを、レシピ本文の коренья「[香味野菜の] 根」のひとつに含めて解釈することが妥当であろう(次項のレシピ18・19本文では、明らかにニンジンは「[香味野菜の] 根」に含まれている)
 第三に、2017年版の食材表[4] 114頁)では、第12版に倣って чёрный и душистый перец「黒胡椒とオールスパイス」(「それぞれ4粒」は欠落)とあるのに対して、レシピ本文では душистый и горький перец「オールスパイスと唐辛子」となっている。この「唐辛子」は、それまでの旧版(第12版除く)のレシピ本文には必ず出てくるものである。したがって2017年版では旧版に倣って、「黒胡椒」から「唐辛子」に逆戻りさせた、と考えられる。しかしながら2017年版の編集者は、ウクライナ風ボルシチの食材名(黒胡椒または唐辛子)を、食材表とレシピ本文のあいだで統一しなかったために、読者の混乱を招く結果となった。

「唐辛子」は、ふつう красный перец(直訳「赤いピーマン」)または кайенский перец(英語 cayenne pepper)。同上レシピでは горький перец(直訳「苦いピーマン」)を用いる。『食べ物の本』1952年(版数の表記なし)、「ボルシチ」のレシピと同じ頁にある解説によれば、「唐辛子」острый горький перец(直訳「辛くて苦いピーマン」)の最良品種は кайенский перец であり、唐辛子は多くの料理の調味料として黒胡椒の代わりとなる[5] 90頁)。なお、ロシア語では「胡椒」にも перец を当てる。例:чёрный перец(黒胡椒)。それゆえロシア語のレシピに перец と書かれている場合、ナス科の@唐辛子、Aピーマン(パプリカ)、コショウ科のB黒胡椒またはC白胡椒、フトモモ科のDオールスパイス、以上5つの食材の可能性がある。これらは主に形容詞によって見分けられる。ただし食卓で形容詞を付けずに перец と言えば、たいてい「胡椒」を指すことが多い。

 

  (3) 『料理法』 ⇨ 各項目: (1) (2) (4) (5) (6) 戻る

 

 先に紹介した『食べ物の本』とともに、旧ソ連時代の代表的な料理書のひとつである、≪Кулинария≫『料理法』初版1955年[5]のレシピを、@ ボルシチ [簡単な説明]A ボルシチの2つの調理法、B ウクライナ風ボルシチ、の順に引用してみよう。

ボルシチ [簡単な説明]
 ボルシチは、(ハム、燻製胸肉、豚脂、ソーセージ、家鴨、鵞鳥を入れた)[牛]肉のブイヨン、または(チョウザメのあらも含む)魚のブイヨンで作る。キノコ、プルーン、ドライフルーツを入れて、または野菜のみを入れて作ってもよい。
 ボルシチの基本となる野菜は、キャベツとビートである。そのほか、ボルシチにはニンジン、タマネギ、パセリ、セロリ、トマトピューレまたはトマトを入れる。キャベツの代わりに、ビートの葉と茎、ダイオウの葉、ホウレンソウ、スイバ、ハナウドなどを用いてもよい(9)。ある種のボルシチには、ジャガイモを入れる。ビートの色を保つため、また風味を良くするため、ボルシチには酢、酸っぱいクワス、クエン酸、[発酵]キャベツの漬け汁、トマトを加える。[食卓に]出すまえに、細かく刻んだパセリまたはディルの葉を振りかける。
 食材の組み合わせ、または野菜を切った形によって、ボルシチは「ウクライナ風」「モスクワ風」「艦隊風」[等々]と呼ばれる。「ウクライナ風ボルシチ」は豚脂とジャガイモを入れて煮込み、「モスクワ風ボルシチ」は[食卓に]出すまえに牛肉・ハム・ウインナソーセージを入れる。「艦隊風ボルシチ」は野菜を輪切りに、それ以外すべて[のボルシチ]は千切りにする。[5] 213頁)

 【レシピ18】(ボルシチの2つの調理法) ⇨ レシピ: 16 17 19 20 21 22 23 戻る

448. ボルシチ ボルシチには2つの調理法がある。
 第一の方法 千切りまたは輪切りにしたビートを、[蓋で]閉じた鍋の中に脂(10)・トマトピューレ・砂糖を加えて、蒸し煮する。ビートの色を保つために[食材の]色合いにもよる)、酢2〜3gを加えてもよい。ビートが焦げ付かないように、必要に応じてブイヨンまたは水を足しながら、かき混ぜる。最初は強火でビートを加熱するが、煮え立って容積が減り始めたら、火を弱めて軽く沸き立つ程度に保っておく。[収穫後]古くなった[直訳:熟した] ビートは30〜40分、新しい[直訳:若い]ビートは10〜15分蒸し煮する。
 [別の]鍋のブイヨンが沸騰したあと、生キャベツを入れて、鍋に含まれるもの[=ブイヨンとキャベツ]を再沸騰させる。蒸し煮したビート、炒めた[香味野菜の]根とタマネギを加えて、ボルシチを20〜30分煮る。調理が終わる5〜10分前に、ホワイトソースで味を付け、香辛料(ローリエ・胡椒)を入れて、塩を振る。
 発酵キャベツ入りボルシチの作りかたは同じであるが、発酵キャベツはあらかじめ脂を加えて蒸し煮する。[まず]発酵キャベツの汁気を取る。もし酸味が強過ぎるときは、冷水で洗う。鍋に入れ、発酵キャベツが焦げ付かないように、脂、ブイヨン少々または水を加えて、蓋をして、1時間半〜2時間半ほど蒸し煮する。
 ボルシチにしかるべき色を着けるために、ビートの煮汁を作る。まず、よく洗ったビートの根を細かく切り刻む、または下ろし器で下ろす。熱いブイヨン(ビート500gにつき1ℓ)の入った容器に移し、酢、酸っぱいクワスまたは発酵野菜の漬け汁を混ぜて沸騰させる。[蒸らすために]15〜20分ほどレンジ台に置いたあとで、濾過する。[食卓に]出すまえに、ボルシチを注いだ皿にビートの煮汁大匙1を入れる、またはボルシチを提供するまえの鍋に、必要な分量の煮汁を[まとめて]加える。
 第二の方法 皮をむいて洗ったビートを、少量の酢または酸味料の入った水の中で、個別に煮る。ゆでたビートは千切り、または輪切りにする。ブイヨンまたは出汁だしが沸き立つ鍋の中に、生キャベツを投じて沸騰させる。トマトピューレとともに炒めた[香味野菜の]根、ビートと酢を加える。ボルシチを煮込む。塩と砂糖で味付けする。第一の方法と同じようにして[食卓に]提供する。この [第二の]方法は[第一の方法と比べて]より簡単で、ビートの色はより明るく、風味はいっそうまろやかとなり、舌触りはもっと柔らかくなる。
 [食卓に]提供するまえに、サワークリームを皿に入れ、[パセリ・ディルなどの刻んだ]葉を振りかける。サワークリームは個別にソース入れに注いで出してもよい。ボルシチには、カッテージチーズケーキまたはひき割りプディングを添えてもよい。

[1人分の食材表] ビート100g、キャベツ60g、ニンジン20g、パセリ5g、タマネギ20g、トマトピューレ15g、小麦粉5g、マーガリン10g、砂糖5g、酸度3%の酢8g、サワークリーム10g、ローリエ、胡椒、香味野菜。[5] 213−214頁)

 【レシピ19】 ⇨ レシピ: 16 17 18 20 21 22 23 戻る

451. ウクライナ風ボルシチ
 ブイヨンが煮えている鍋の中に生キャベツを入れ、沸騰させる。ジャガイモ、炒めた[香味野菜の]根、タマネギ、切り刻んで蒸し煮した[=第一の方法]、またはゆでた[=第二の方法]ビートを加える。通常の方法で煮込む。
 豚脂をニンニク・香味野菜と合わせてすり潰す。煮込みが終わる5〜10分前までに、ボルシチに加える。
 生トマトを切り刻み、ボルシチに入れることが推奨される。

[1人分の食材表]豚脂10g、ビート77g、キャベツ60g、ジャガイモ50g、ニンジン16g、パセリ7g、タマネギ17g、ニンニク1.5g、トマトピューレ20g、小麦粉3g、砂糖5g、酸度3%の酢8g、サワークリーム15g、ローリエ、胡椒、香味野菜。[5] 214頁)

  (4) 『有名なウクライナ料理』 ⇨ 各項目: (1) (2) (3) (5) (6) 戻る

 

 ウクライナ在住の料理研究家3名の共著であり、これまで何度も引用してきた Фельдман 他[5]の『有名なウクライナ料理』から、まずボルシチの一般的な作りかた、次にウクライナ風ボルシチのレシピを紹介しよう。

 

 【レシピ20】 ⇨ レシピ: 16 17 18 19 21 22 23 戻る
 同上書U[1]から、60−62頁を抜粋・引用する。なお、ボルシチ用クワスの作りかた(同 62−64頁)は省く。
 下記の文章U[1] 60−62頁、2014年)は、В.В. Похлёбкин の著作V[3] 65−66頁、1983年)をそっくりコピーして、部分的に書き直したり、付け加えたり、段落の順番を入れ替えたりした〈盗作〉である。一例を挙げると、コピー元の原作V[3]では、り小麦粉のくだりがボルシチ解説の最後に載っている(同 66頁)。ところが Фельдман 他U[1]の編集者は、このくだりをボルシチ解説の前半に移しておきながら、文頭の Наконец「最後に」を削除しなかったために、この副詞が全く場違いなものとなってしまった(同 60頁)。盗作が原作を破壊する悪しき例のひとつである。以下、原作V[3]と異なる部分を、下線部および 網かけ 内の補足によって示しておく。

ボルシチ
〔中略〕 最後に、いくつかのボルシチは、より濃いとろみを付けるために、り小麦粉を混ぜる場合もあるレシピ14・17参照]。しかしながら、これは絶対に必要なことではなく、おいしい料理を作るうえで望ましいことでさえない。なぜなら、[小麦粉を]下手にった場合、ボルシチの香りを損ねてしまうからである。ボルシチを食卓に出したあと、調味料としてのサワークリームは絶対に必要である。
 さまざまな種類のボルシチは、それらが現われた土地の名前に因むことが多い:キーウ風、ポルタワ風、リヴィウ風、ヴォルィニ風、チェルニヒウ風、ハルィチナ風等々。それらの違いはどこにあるのだろうか? 第一に、ブイヨンが異なる:骨、肉、肉と骨を煮出したもの、さまざまな品質と肉の組み合わせ(牛肉・豚肉・家禽)。第二に、ビートの熱処理が異なる(蒸し煮・オーブン焼き・半ゆで)。のみならず、野菜の種類も異なってこよう。ボルシチの必須食材は、ビートのほか、キャベツ、ニンジン、ジャガイモ、パセリ、タマネギ、トマト。選択食材として、インゲンマメ、リンゴ(酸味が強いもの、とくに未熟なものがよい)、ペポカボチャの一種[ズッキーニの近縁種](拙論126頁 写真1、カブ。これらの野菜は千切りにする。ただしペポカボチャの一種はさいの目切り、ジャガイモは一口大ひとくちだいに切る。インゲンマメはゆでるのに1時間以上かかるため、あらかじめ個別に煮たうえで、ボルシチの仕上がる15分前に投入する。カブはニンジンとともに炒める。リンゴとペポカボチャの一種は炒めない。それらは最も早く柔らかくなる 原作:煮える ものであって、ほかの野菜をすべて入れたあと、仕上がる10分前までに加える。
〔中略〕
 ふつうボルシチは肉または骨 原作:肉、骨、または肉と骨 のブイヨンから作る。ブイヨンに最もふさわしいのは胸肉である。骨は4〜6時間、肉は2〜2時間半煮込む。
 ブイヨンは沸騰したあと弱火で煮続ける。肉と骨のブイヨンを作るときは、まず骨を入れて、骨の煮込み終了の2時間前に、肉を加える。肉が煮えたあと、[鍋から]肉を取り出して、そのブイヨンでボルシチ用の野菜をゆで始める。料理が完成する10〜15分前に、肉を再び[鍋に]戻す。
 ボルシチの煮込みが終わるころ、1人当たり300〜350㎖ 原作:1.5カップ 未満のブイヨンが残っていなければならない。それゆえ[ブイヨンの]煮込みを始めるときは、少なくとも2倍量の水を入れるべきである。牛バラ肉と豚肉の比率は、ふつう2:1または1:1。
 さらにボルシチの種類によっては、ブイヨンを煮込み終わったあとで、原作:細かく刻んだ 羊肉、ハム、ウィンナソーセージ、自家製ソーセージを少量加えることもある。それらと基本の肉の比率は1:4。
 原作:ポルタワ風とオデーサ風 ボルシチは、鵞鳥または鶏肉のブイヨンでも作られる。この場合、他の種類の肉を入れてはならない。
 ボルシチ用の野菜を調理するときの特徴として、それらを個別に下ごしらえすることが挙げられよう。ビートの加熱時間は長いため、他のすべての食材とは別に蒸し煮する。その色 原作:赤色 を保つべく、酢またはクエン酸を加える 原作:あらかじめ酢を振りかけ、またはクエン酸やレモン汁を加える切り刻んだビートに酢をかけ、塩を振り、よくかき混ぜて、ソテーパンまたはシャローパンに入れる。沸騰して脂の浮いたブイヨン(ビートの重さの20%)または脂の浮いた水を注ぎ、蓋をして充分に蒸し煮する。底に焦げ付かないように、絶えずかき混ぜる。ビートの蒸し煮は1〜1時間半下線部の箇所は、コピー元の原作V[3]のうち、「ボルシチ」の項目には見当たらない。[それ以外に]オーブンで焼く、または半煮え程度にゆでることもある。[いずれも]皮付きのまま[で加熱して]、そのあとで皮をむき、切り刻み、ブイヨンに投入する。
 みじん切りのタマネギ、パセリ[の根]、千切りのニンジン 原作:千切りにしたニンジンとパセリ を15〜20分炒める。最後にトマトピューレまたは細かく切り刻んだトマトを加え、脂がトマトの色に染まるまで炒め続ける。
 野菜をブイヨンに入れる順番はとても重要である。それは野菜のゆで時間と関係している。ジャガイモはボルシチの仕上がる30分前に、キャベツは20分前に、蒸し煮のビートと炒めた野菜は15分前に、香辛料は5〜7分 原作:5〜8分 前に、ニンニクは 原作:他の香辛料とは別にして 2分前に入れること。
 [調理器具の]蓋をしないまま、野菜や[香味野菜の]根を炒めたり、蒸し煮したり、ゆでたりすれば、香り成分が失われる。また[野菜に加えた]ブイヨンが強火で沸き立つと、その脂が「鹸化けんか[=加水分解] されて、ブイヨンは濁った色や不快な臭いと味を帯びてしまう。それゆえ野菜をゆでる・炒める・蒸し煮する場合は、必ず蓋をして、弱火の状態を保つ必要がある。このことに留意されたい同上、コピー元の原作「ボルシチ」の項目には見当たらない。
 ボルシチに用いる基本的な脂は、豚脂である。ニンニク、タマネギ、パセリの葉とともに豚脂を小鉢の中で 原作:滑らかになるまで すり潰し、ボルシチの仕上がる2〜3分前に入れて味を調える。
 仕上がったボルシチは、冷めない程度のごく弱い火にかけて、さらに20分蒸らしたあと食卓に出す。
 かくしてボルシチの調理には最低3時間、骨ブイヨンで作る場合は5〜6時間を要する。U[1] 60−62頁)

 【レシピ21】 ⇨ レシピ: 16 17 18 19 20 22 23 戻る

[牛]肉入りウクライナ風ボルシチ

[牛]肉400g、キャベツ400g、ジャガイモ400g、ビート250g、トマト(11) [ピューレ]とサワークリームそれぞれ130g、ニンジンとパセリの根それぞれ30g、タマネギ60g、豚脂20g、バター20g、酢と砂糖それぞれ25g、ローリエ、ニンニク5g、挽いた黒胡椒、粒のままのオールスパイス、塩 適量[直訳:好みで]

 よく洗って細かく切断した骨を3〜4時間煮る。[牛]肉を加えて、ゆで上げる。[取り出した牛]肉を人数分に切り、ブイヨンはす。洗って皮をむいたビートを千切りにする。塩と酢を振りかけ、混ぜ合わせて、鍋に入れる。煮汁から取った脂、トマト[ピューレ]、砂糖を加え、半煮え程度に蒸し煮する。タマネギ、皮をむいたニンジンとパセリの根を千切りにして、バターで軽く炒める。くし形に切ったジャガイモをしたブイヨンに入れて、沸騰させる。千切り(12)の生キャベツを加えて、10〜15分煮る。そのあと、蒸し煮のビート、刻んだ生トマト(13)(タマネギと一緒に軽く炒める)、黒胡椒、オールスパイス、ローリエ、煮汁に溶かして軽く炒めた小麦粉(14)を投入する。沸騰状態を5分続ける。パセリの葉、塩、ニンニクとともにすり潰した豚脂で味を調えて、沸き立たせる。15〜20分蒸らす。食卓に提供するさい、ボルシチ[を盛った皿]には分量のゆで肉とサワークリームを入れ、パセリの葉を散らす。U[1] 64頁)

  (5) ラゼルソーンのレシピ ⇨ 各項目: (1) (2) (3) (4) (6) 戻る

 

 ウクライナ出身で、サンクトペテルブルグの現役シェフであり、数々の料理書を執筆し、テレビ・ラジオの料理番組にも出演している И. Лазерсон(以下ラゼルソーンと記す)の著作より、ボルシチのレシピを紹介しよう。≪Готовим без кулинарных книг≫『料理書なしで料理を作ろう』[7]は、いささか冗談めいた書名(15)だが、類書には見られない特徴を持っている。何よりもまず、料理人としての豊かな経験に裏打ちされた、信頼できる解説とレシピ。これは当然かもしれないが、しかし前項の Фельдман 他U[1]のような〈盗作〉がまかり通っている(16)ロシアにおいて、彼の料理書はとりわけ存在価値がある。次に、いまさら聞けないような素朴な疑問に対しても、彼は率直かつ丁寧に答えている(例:ビートに加える酢の効果について、下記参照)。さらに、いくつかの品目について、食材の重さの比率を示していること。これは В.В. Похлёбкин の著作(17)に倣ったもので、とくにラゼルソーン独自のものではない。とはいえ、筆者の知る限り、ボルシチの食材の比率を明らかにしているのは、ラゼルソーンの同上書[7]だけである。

 

 【レシピ22】 ⇨ レシピ: 16 17 18 19 20 21 23 戻る

ボルシチ[食材の重さの比率][7] 40頁、抄訳)
 ビート4に対して、キャベツ3、ニンジン1、タマネギ1、セロリ1(なくても可)、トマトペースト(18)0.5。

著者はボルシチにジャガイモを入れることを勧めていない。なぜなら、ボルシチの酸味がジャガイモを硬くして、スープの味を損ねてしまうからである。それでも好みによって入れる場合は、ジャガイモを粗く下ろして、キャベツと一緒にブイヨンに加える[7] 43頁)。著者はジャガイモの比率を記していないが、おそらくニンジンよりも少ないと思われる。ジャガイモを粗く下ろすのは、その澱粉をスープに溶け込ませて、とろみを付けるためである。これに関連して、В.В. Похлёбкин は、シチー(キャベツの汁物)にとろみを付ける目的で、小麦粉の代わりにジャガイモ1〜2個を丸ごと鍋に入れて煮込み、キャベツや酸味のある食材を投ずるまえに、それを鍋から取り出す方法を紹介しているV[3] 18頁)
拙論の筆者は、このレシピでボルシチを作る場合、牛肉ブイヨンを煮るための水の分量を、ビートの重さの約3.5倍としている。

ボルシチ[ビートの蒸し煮 砂糖と酢][7] 40−41頁、抄訳)
 厚底の鍋に、千切り(19)にしたビートを入れ、バター1かけらを加え、そこに作ったばかりのブイヨンを、ビートが隠れない程度に注ぎ入れる。弱火で蒸し煮する。ぐつぐつと煮えて容積が減り始めたら、トマトペーストと砂糖を加える。ボルシチと砂糖はとても相性が良い。スープがほぼ完成したときではなく、まさにこの段階で、ビートに砂糖を加える。するとボルシチの風味は、いっそう調和のとれたものとなるだろう。もしあなたが何人分作るのかを知っていれば、1人当たり小匙1/2の砂糖をためらわずに入れなさい。あとで味見をして少ないと感じたら、仕上がったボルシチに足せばよい。

拙論の筆者は、砂糖の代わりに、細かく刻んだ種抜きプルーンを隠し味として入れている。その分量は、ビートの重さの15〜20%まで。プルーンはビートとの相性が抜群に良い。なお、干したヤマドリタケの甘い香りも、ビートとよく合う。

 規則に従って、砂糖とともに酢を少し加えなさい。酸度6%のワインビネガーはお勧め。1人当たり小匙1/2強。酢のように酸っぱいものは、ビートの色を保つと言われている。
 実際には、この説はあまりにも強調され過ぎたようだ。たしかに酸っぱいものはビートの色褪せを防いでくれるが、酸っぱいものを入れてビートを煮ると、その調理時間はすごく長くなってしまう。〔中略〕
 酢を加える必要はない。たとえ酸っぱいものにはビートの色を保つ優れた効果がある、と信じていても。酸味による[ボルシチの]うまみは、トマトだけで充分に出せる。

  (6) マカレーヴィチのレシピ ⇨ 各項目: (1) (2) (3) (4) (5) 戻る

 

 前章でも触れておいた、ロック歌手 Андрей Макаревич(以下「マカレーヴィチ」と記す)のボルシチに関する雑誌記事 ≪Немного о борще≫(直訳「ボルシチについて少々」、Y[22] 70−71頁)の中から、その内容をかいつまんで紹介しよう。食通としても知られるマカレーヴィチは、テレビの料理番組 ≪Смак≫ の元司会者であり、この分野でのさまざまな執筆活動を行なっている。

この雑誌記事には、бурые щи ⇒ борщ 語源説が載っているY[22] 71頁 囲み記事、文責=雑誌編集部?)
下記のレシピには食材の分量が記されていない。


 【レシピ23】 ⇨ レシピ: 16 17 18 19 20 21 22 戻る

ボルシチについて少々(月刊雑誌 ≪Дилетант≫ 2016年4月号 40−41頁、抄訳)
 多人数分でないとうまく作れない料理がある。ボルシチはそのひとつ。私 [マカレーヴィチ] は最低6ℓの鍋を使う。
 〔中略〕市場に出かける。まず肉売り場へ。牛肉、それも仔牛ではなくて牡牛の肉、軟骨を多く含むバラ肉がよい。ときには太い骨髄が見えるスネ肉も、また手に入ればオックステールも加える。ボルシチの中には肉がたっぷりと、すべてがたっぷりとなければならない。私の作ったボルシチを食べたあとは、メインディッシュが欲しいという考えは浮かんでこない。
 次に野菜を選ぶ。ビートは古いのがよい(新しいビートは冷製スープに向いている)。大き過ぎるのは避けること。キャベツは新しく、小さく、葉の詰まったものがよい。さらに、ブロッコリー、小さいサヤインゲン、インゲンマメの缶詰、ピーマン、セロリの茎、タマネギ、ニンジン、ニンニク、香味野菜など。私はジャガイモを用いない。ボルシチには合わないから。そしてオリーブの実、ケイパー、レモン1個(または2個)、香辛料、ウスターソース、トマトペースト。
 肉は水煮する、3〜3時間半ほど。牛の年齢や成育環境によって、ゆで時間は変わる。ブイヨンを透明にするためには、沸騰したあと、灰汁あくを取り、火を最も弱くすること。沸き立たせず、ことこと煮込む程度でよい。濃い赤色に染まりながら、しかも透明感のあるボルシチは、この段階で決まる。肉をフォークで持ち上げると崩れ落ちそうになれば、それで煮込みは終わり。
 野菜を刻む。時短のためスライサーを使う。タマネギは薄い輪切り、ニンジン、ビート、キャベツは千切り。深型フライパンにヒマワリ油を引く。油が熱くなったら、香辛料を振りかける。唐辛子、クミン、コエンドロ、混合スパイス、またはあなたの好きなものを入れて、さっとる。(いっぽうブイヨンには、黒胡椒とオールスパイスの粒、ローリエを加える。)フライパンにタマネギとニンジンを投じて、かなり強火で5分ほど、かき混ぜながら炒める。ブイヨンの鍋に移す。フライパンに再び油を引いて、ビートを入れ、トマトペーストを加える。そして注目! 酸度9%の食酢を惜しみなく注ぎかける。さもないとビートは色褪せて、華やかないろどりが消えてしまう。トマトペーストにケチャップを少し混ぜることもある。絶えずかき混ぜながら、火を弱めてゆく。やがてビートは軽く泡立つようになる。さらに5〜10分ほど経ってから鍋の中へ。
 キャベツと残りの野菜は、スプーンですくえるように、同じ大きさに切りそろえねばならない。ただしキャベツは長い千切りになってもよい。オリーブの実、小粒のケイパーを、それぞれ漬け汁とともに鍋に入れる。スタッフドオリーブは不可。トマトソース、またはそれなしで煮たインゲンマメの缶詰を加える。インゲンマメは繊細でまろやかな味をもたらす。そして塩を入れる。私はこの作業を一挙に行ない、失敗したためしがない。レモンを2つに切り、片方のふさを細かく刻んで鍋に、もう片方の汁を絞って、同じく鍋に。
 味見する。ボルシチは出来たばかりで、まだ馴染んだ味になっていないことに留意せよ。とはいえ基本的なこと、すなわち塩味、甘味、酸味の釣り合いは明らかである。ビートの甘味が足りないと思えば、ちょっと砂糖を加えなさい。酸味が足りなければ、もう1個レモンを絞りなさい。もし辛味が好きならば、唐辛子を入れなさい。このあいだ、ボルシチは沸き立っておらず、いわば静かに息をしている。10〜15分後に、もう一度味見をして納得がゆけば、最後のひと仕事にかかる。刻んだ香味野菜の葉、つまりパセリ、ディル、コエンドロ、ナガネギ(なくても可)、みじん切りのニンニクを加える。30秒後に火を止め、鍋に蓋をする。鍋は厚板のものがよい、せめて底が厚ければ、ボルシチはおのずと余熱でじっくり仕上げられる。これは重要なこと。厚い大鍋の中で、ボルシチは客が来る夕方まで冷めない。Y[22] 70−71頁)

写真1写真2写真3 省略 ⇒ PDF文書 参照

 〔追記1〕 戻る
 拙論の第Y〜Z章に収めたレシピ本文で「バラ肉」と訳した原語は、牛・豚ともにすべて грудинка「胸肉」である。
 〔追記2〕
 同じく第Y〜Z章のレシピ本文で「豚脂」と訳した原語は、сало と шпик(別綴 шпиг、旧綴 шпекのいずれかである。これに修飾語「豚の」「塩漬けの」などが付くこともある。筆者の知り合いの料理人たちの意見によれば、「豚脂」は塩漬け・燻製の〈赤身〉と〈脂身〉の両方を含み、それらを総称して сало写真2と呼び、〈脂身〉の部分だけを шпик写真3と呼ぶ。ただし第Y章のレシピ14「豚脂」には、この2つの単語が全く同じ意味で用いられている。またレシピ15「調理法」の中で、「豚脂(ウクライナ風豚脂)」と訳した原語は、それぞれ свиной шпик と малороссийское сало であり、この場合も両者のあいだに意味の違いはない。同様にレシピ19で「豚脂」(「豚脂をニンニク・香味野菜と合わせてすり潰す」)と訳した原語は шпиг、食材表の「豚脂」の原語は сало свиное (шпиг) 。後者の場合、丸括弧内の (шпиг) は同義語による言い換えに過ぎず、訳文には反映させなかった。
 〔追記3〕
 これまで紹介してきたロシア帝国・旧ソ連・現代ロシアの調理法では、ボルシチの具材を細かく刻むことが主流となっているが、日本で出版された料理書の中には、具材を大きく切り分けるよう指示しているものもある。たとえば入江麻木のレシピ「ボルシチ」[8] 26−27頁、1983年)によれば、「5cm角に切った牛肉」を深鍋に入れてブイヨンを作り、キャベツは「8cm幅にしんをつけたまま切り」、カブとジャガイモはそれぞれ「皮をむいて半分に切り」、小タマネギ(ペコロス)は「皮をむいて、根を付けたまま半分に切」って、ブイヨンの中で煮込む。また久保脇敏弘のレシピ「ボルシチ ロシアンスープ」[9] 54頁、1999年)では、この切りかたの適用範囲をさらに広げて、牛バラ肉(塊800g)は「4つに」、ニンジン(小)、セロリ、タマネギは「半分に切り」、ジャガイモは「大きければ50〜60gくらいの大きさに切る」。ビートは「ゆでて皮をむき、4〜6つに切って」、トマトは「湯むきして半分に切る」。久保脇シェフは「ボルシチもポトフも日本のおでんのような感覚でいただくスープ。ほくほくになった大きな野菜のあったかスープは、体中にしみ渡るロシアとフランスのお母さんの味」(同 54頁)と述べている。しかし少なくとも具材の切りかたに関する限り、ポトフ・おでんとロシアで作られるボルシチとの共通点は殆ど見当たらない。

 

 

     〔第Z章 註〕 戻る

(1)

ウクライナには現在、ボルシチのレシピが100種類以上あると言われるX[17] 43頁、[10] 81頁)
前掲の Фельдман 他U[1] 57−84頁)は、ウクライナ料理として35種類のボルシチのレシピを載せている。この中には「モスクワ風」「シベリア風」など、ロシアの地名が付いたボルシチは含まれていない。また前掲の N. BurlakoffU[53] 140−200頁)は、モロホヴェツを始めとする料理書・インターネットなどの各種資料をもとに、77種類に及ぶボルシチのレシピを収集した。そこには著者 N. Burlakoff の名を冠したオリジナルレシピも含まれている。

(2) レシピの例:борщ летний[4] 114頁)、борщок летний[3] 74頁)
(3)

ビートが全く入っていないものを「ボルシチ」として販売する実例については、拙論34頁 註(2)参照。
ついでながら、ビートがほんの少しだけ入ったスープや、ビートなしのスープを「ボルシチ」と呼ぶレシピも存在する。
@ 植木もも子『ひとり暮らしの おかずになるスープ101品』(日東書院、2008年)56頁「野菜ジュースで驚くほどのうまさ! お手軽ボルシチ」。このレシピでは、ビートそのものではなく、代わりに「野菜ジュース(紫系)」が用いられる。具体的な食品メーカーと商品名は載っていないが、たとえば「キリン 無添加野菜 48種の濃い野菜100%」ジュースは、ビートを含む48種類の野菜が原料となっている。
A 宮沢うらら『はじめてのだしクッキング 合わせだしで世界のごちそう』(汐文社、2016年)14−17頁「ボルシチ ロシアの具だくさんスープ」。ビートとトマトの缶詰を用いた解説のあとに、ボルシチの「アレンジレシピ」として、「ビーツかん」がないときは、「ビーツとビーツ缶汁かんじるのかわりに、中濃ちゅうのうソース大さじ2、さとう小さじ1/2〜1」を加える(17頁)。この場合、スープの赤みのもとは「トマトかん(カットトマト)」だけとなる。

(4) 詳しくは拙論「エレーナ・モロホヴェツ『若い主婦への贈り物』―あるロシア料理書の系譜― (2)」(釧路公立大学紀要『人文・自然科学研究』第22号70頁 註(35)、および同上の連載(3)(第23号107頁〔記述の訂正〕)を参照されたい。
(5) 第12版は1997年に発行された(モスクワ、≪Колос≫ 出版社)。筆者は同じ版数表示の「第12版」2003年[3] モスクワ、≪АСТ-ПРЕСС СКД≫ 出版社、重版:2006・2009年)の原本を参照した(次の註(6)参照)
(6) 「古代スラヴ語 бърщь =ビート」語源説は、ロシア国民図書館(РНБ)における筆者の文献調査によれば、『食べ物の本』各版のうち、初版1939年から第12版1997年(モスクワ、≪Колос≫ 出版社、重版:1998・1999)までは掲載されていない。この語源説は、「第12版」2003年[3]において初めて登場する。しかしながら2017年版[4] モスクワ、≪Э≫ 出版社)には載っていない。
(7) 同上書U[47]には、旧版1999年(モスクワ、≪ЭКСМО-Пресс≫ 出版社)その他がある。
(8) 同上書[4]には、旧版2016年(モスクワ、≪Э≫ 出版社)がある。
(9) この記述は、現代ロシアの調理学校用教科書U[62] 93頁)にそのまま引用されている(拙論17頁参照)
(10) 原語 жир「脂肪」。同じ頁の欄外に、жир の説明がある:「ブイヨンから取ったあぶらは、とくに揚げ物にふさわしい。なぜなら上品な味と香りに秀でているからである」[5] 213頁)。この意味に限定された脂肪は、брез と呼ばれる(拙論114頁 註(34)参照)
(11) 原語 томат @「トマト」A「トマトピューレ」。同上書U[1]の別のレシピでは、明らかに томат-пюре「トマトピューレ」と同じ意味で томат が用いられており、ここでも「トマトピューレ」と解釈した。
(12) 原文には「さいの目切り」とあるが、明らかな誤記。ここでは「千切り」に訂正した。同上書U[1]レシピ20参照:「これらの野菜は千切りにする」(拙論122頁下から12行目)
(13) 原語 свежие помидоры「新鮮なトマト」。ただし食材表には記されていない。
(14) 同じく食材表には記されていない。
(15)

この書名の趣意に近いものとして、たとえば次の料理本を挙げておく:
@ 稲垣えみ子『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス、2017年)。
A 有元葉子『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』(SBクリエイティブ、2017年)。
B 上田淳子『レシピ以前の料理の心得 日々の料理をもっとおいしく』(青幻舎、2024年)。

(16) その最たる例は、モロホヴェツ『贈り物』の本文をそのままコピーして、別の著者名と別の書名を付けて出版した現代ロシアの偽作である。詳しくは拙論「エレーナ・モロホヴェツ『若い主婦への贈り物』―あるロシア料理書の系譜― (3)」(釧路公立大学紀要『人文・自然科学研究』第23号104頁)を参照されたい。
(17) たとえば、ビート入りサラダ винегрет の食材の比率:ビート、ニンジン、ジャガイモ、塩漬けキュウリ、発酵キャベツ、タマネギと(または)ナガネギ、これらはすべてほぼ同量、ただしタマネギ・ナガネギは他の野菜よりもやや多く、ニンジンはやや少ないU[59] 41頁、U[60] 84頁)。これに対して、ラゼルソーンのレシピでは、ビート2、ニンジン1、ジャガイモ2、塩漬けキュウリ(または発酵キャベツと合わせて)3、グリンピースの缶詰:ジャガイモとキュウリの一部と取り替え、ナガネギ:好みで[7] 14頁)
(18) 原語 томат-паста「トマトペースト(томатная паста)」。類語 томат-пюре「トマトピューレ」よりも濃度が高い。日本の食品会社カゴメによれば、生トマトに比べてトマトピューレは約3倍、トマトペーストは約7倍に濃縮されている。
(19) 著者はビートの切りかたについて言及していない。ここでは根菜類のニンジンと同じく、「千切り」と解釈する。

 

     〔第Z章 参考文献〕 戻る

[1]

Артюх Л.Ф. Украïнська народна кулiнарiя. Iсторико-етнографiчне дослiдження. Киïв, 1977.
〔電子版〕https://archive.org/details/artyukh1977/mode/2up(参照:2025.6.1)

[2] Книга о вкусной и здоровой пище. М.−Л. Пищепромиздат, 1939.
[3] Книга о вкусной и здоровой пище. М.: АСТ-ПРЕСС СКД, 2003.
[4] Книга о вкусной и здоровой пище. М.: Э, 2017.
[5] Книга о вкусной и здоровой пище. М.: Пищепромиздат, 1952.
[6] Кулинария. М.: Госторгиздат, 1955.
[7] Лазерсон И.И. Готовим без кулинарных книг. М., 2008.
[8] クッキングフォーユーH シチューとカレー』(主婦の友社、1983年)。
[9] 『野菜たっぷりのおいしいスープ』(成美堂出版、1999年)。
[10] 『世界の郷土ごはん 75カ国の伝統メニュー』(パイ インターナショナル、2025年)。

 

◇ 初出一覧

このHTML文書は、下記の拙論をもとに、誤植を訂正し、新しい情報を加えて書き改めたものである。

 

 宮 崎 武 俊
「ロシア料理ボルシチの起源と調理法 (1)」(釧路公立大学紀要『人文・自然科学研究』第28号1−18頁)
「ロシア料理ボルシチの起源と調理法 (2)」(釧路公立大学紀要『人文・自然科学研究』第29号1−30頁)
「ロシア料理ボルシチの起源と調理法 (3)」(釧路公立大学紀要『人文・自然科学研究』第30号3−31頁)
「ロシア料理ボルシチの起源と調理法 (4)」(釧路公立大学紀要『人文・自然科学研究』第31号17−50頁)

◇ プロフィール

 

 宮 崎 武 俊

 

 釧路公立大学名誉教授
 早稲田大学大学院博士課程(ロシア文学専攻)
 国分寺キリスト教会 教会員
 香川県在住
 個人サイト『ボルシチの起源と調理法』 http://borusiti.jp/

 

◇ お問い合わせ

当サイトの内容に関するご感想・ご意見・ご質問などは、下記のメール宛てにお送りください:

 

orscht@384.jp

=英単語「ルシチ」の最初の一文字(半角・小文字)

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